日経メディカルのロゴ画像

メディアスクラムのワナ
〜本質的問題の隠蔽とリテラシーの毀損(きそん)〜

2013/11/21
池田正行

 「嘘も100回言えば本当になる」。これはポール・ヨゼフ・ゲッベルスの言葉そのものではなく、宣伝効果を表現した彼の言葉が、後世に極端な形で伝わったというのが本当のところのようです1)。しかし、彼の死後70年近く経った現在でも、宣伝の基本は変わっていません。さらに、現代のメディアスクラムの威力は、放送メディアとしてはラジオしかなかった時代のプロパガンダなど足元にも及びません。

 バルサルタン問題の真相は、既に6年前に分かっていました2)3)。ですから、今ごろ「真相究明」と叫んでいるのは、未だに真相が理解できないほどの愚か者でないとしたら、真相でないことをあたかも真相であるかのごとく語ることによって利益を得られる人々ということになります。

メディアスクラムが本質的な問題を隠す
 私は、すべての医学ジャーナリストが嘘付きだなどと言っているのではありません。ただ、彼らが“真相”と信じることを“究明”することと、バルサルタン問題から我々医療職や一般市民が本質的なことを学び、成長していくこととは全く異なり、メディアスクラムはむしろ本質的問題を見えなくしてしまう。そのことを多くの医学ジャーナリストが理解せずに、ただひたすら面白いシナリオが描けるようなネタを追い続けているだけのように思えるのです。

 日常会話にさえもこと欠く英会話能力しか持ち合わせずとも、有名人のスキャンダルとあらば、地球の裏まで飛んでいく芸能レポーターもいるぐらいです。Jikei Heart Studyの発表から6年、Forbesの報道4)から1カ月もの時を経て出た記事で医学ジャーナリスト協会賞5)を受賞するぐらいの敏腕記者ならば、トップジャーナルの査読過程の闇や、降圧を超えた効果を主唱した海外の大物研究者といった“真相”も“究明”してくれる。“水戸黄門シナリオ”6)に飽き足らなくなった国民の皆様は、そういうハリウッド映画ばりのドラマを期待しています。

 確かにバルサルタン問題の報道は、ノバルティス ファーマ社製品の「不売運動」を展開するような、リテラシーの低い医師たちの存在をあぶり出してくれました。しかし、彼らが何も学んでいないことは、バルサルタンに対するメディアスクラム後の降圧薬の売り上げ動向から一目瞭然です。頑健なエビデンスと医療費抑制という科学的・社会的な両輪がそろっているのですから、バルサルタン問題を好機とばかりに、アンジオテンシン2受容体拮抗薬(ARB)が一斉にアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の後発品に切り替わるかと思いきや、バルサルタンが落とした売り上げは、なんと他のARBに取って代わっただけ、ARB全体の売り上げはむしろ増えたのです7)

 本質的な問題は、医薬品に対する医師のリテラシーなのに、バルサルタンに対するメディアスクラムは、ノバルティス ファーマ社と一部の大学教授を悪者に仕立てあげた“水戸黄門シナリオ”で医師たちを思考停止させただけで、彼らの処方行動もリテラシーも変えられなかったのです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

この記事を読んでいる人におすすめ