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当事者意識で考えるバルサルタン問題~その1~

2013/08/06

薬の売り手としての医師
 患者さんは、「薬をもらってきた」とは言っても「薬を買ってきた」とは言いません。医師の側にも、通常「薬を売っている」という意識がありませんが、これは、現物支給を原則とする日本の保険制度下では、商品・サービスの購入という構図が見えにくくなっているからであって、医師が市場の末端で「薬の売り手」として機能していることは、だれも否定できません。

 しかも、他の小売業と違って、購入者である患者には、自分の意思で薬を選択する余地がほとんどなく、医師が首を縦に振らなければ、薬の種類も購入量も変えられません。他の小売業とは比べものにならないほど、我々医師は商品の販売を強力にコントロールする力を持ち、目の前の患者さんの診療を通して、社会に対して絶大な影響力を日々行使しているのです。

 処方箋を書くのは薬剤師でもなければ製薬企業の社員でもありません。ましてや厚生労働省の役人でもありません。アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)と有効性も安全性も変わらない1)バルサルタンを、2009年には1400億円、2012年も1000億円を超えるまで売り上げた2)張本人は、我々医師なのです。医師は薬の売り手であるがゆえに、製薬企業・患者・支払基金といった医療のステークホルダーたちとの間で、常に利益相反問題を抱えています。しかし、バルサルタンや他のアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)をせっせと処方してきた医師たち、そして今盛んにノバルティスファーマを攻撃している医師たちの一体何割が、薬の売り手としての当事者意識と自らが抱える利益相反問題を自覚しているでしょうか?

バルサルタン問題は臨床試験学習の良質な教材
 「医者の仕事は薬を売ること」。今、世間を賑わしている「バルサルタン問題」は、この事実を改めて意識し、臨床試験・臨床研究に対する思考停止を解除し、医薬品に対する自らのリテラシーを高めるための良質な教材となるはずです。「権謀術数を用いて、誠実な医師や患者さんをだましたノバルティスファーマはけしからん」という能天気な視点しか持っていなければ、今回の問題から何も学ぶことはできません。

 バルサルタンの市販後臨床試験は、処方の裁量権を持ち、“薬の専門家”である医師たちをもだましてしまうくらい巧妙に仕組まれていたのでしょうか?答えは「否」です。バルサルタンの宣伝部隊が展開していたのは「値段が同じなのに、他社製品よりも素晴らしい効果がある」という、陳腐な営業トークにすぎませんでした。データ改ざんの有無云々とは全く別に、試験デザインの欠陥に気づき、彼らの営業トークのまやかしを見抜くのは、実に簡単なことだったのです。

 「そんなに素晴らしい日本発の試験結果ならば、“降圧を超えた効果”3)とやらを、なぜ世界中に効能追加承認申請してほかのARBと差別化を図らないのか?」。ノバルティスファーマの営業に向かって、そう尋ねればいいだけでした。バルサルタンの市販後臨床試験として代表的なJikei Heart Study (Lancet 2007;369:1431)は、宣伝チラシに載せることはできても、効能追加承認申請には到底使えない、致命的な欠陥を抱えていました。ただし、その欠陥は、当初から論文上で開示されていたのです。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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