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病気を治せなかった医師が、自分を納得させるために

2012/11/08

 病気を治さねばならない。命を救わねばならない。患者を助けなければならない――。医師は常にそういった使命に忠実に働くことを求められます。だからといって、あなたは病気も治せず、命も救えなかった時、医師としての自分の存在価値を否定していませんか?

 「病気を治せない=医師として失格」ではありません。そもそも治らない病気は世の中にごまんとあるのですから。高血圧、糖尿病はもちろん、「障害」と呼ばれる数々の「病気」も、そのほとんどは治りません。それに、「いやしくも医師たる者、“病気を診るのではなく、人を診なさい”」と言ったり言われたりした経験が一度ならずともあるはずです。

 死は、医師にとっても、患者にとっても、最も悲惨な敗北のように見えます。しかし、誰にでも死は必ず訪れます。その必ず訪れる結末に立ち会わなくてはならない医師がいます。「患者の死に立ち会う医師は全てやぶ医者である」と思ってしまうと、医師としてプライドを持って仕事をしていくのが難しくなります。

突然の肺病変で亡くなった患者さん
 上越地方にある国立病院の重症心身障害者病棟で、私が重度精神遅滞の45歳の男性を看取った時のことです。患者さんは十年来の措置入院でした。病院からタクシーで10分ほどのところに住む、齢八十を超えたお父さんが、週に2度は必ず病棟に来て患者さんの顔を見ていました。患者さんは長期間入院していて病状も安定していましたし、お父さんがひどい難聴で、病棟で顔を合わせてお話しする時はどうしても大声で話さざるを得ないという事情もあって、私はお父さんから詳しい話を長時間聞くこともなく、お父さんの人となりを理解する機会もないまま、月日が過ぎました。

 患者さんは寝たきりでしたが、意識は清明で、経口摂取もできていました。しかしある冬、数日の経過であっという間に両側の肺が真っ白になって亡くなってしまいました。この間、私は連日徹夜に近い状態でヘトヘトに疲れていましたが、「患者さんが亡くなったところで自分の仕事を終わりにするわけにはいかない。肺病変の原因究明のため、病理解剖をお願いしよう」と心に決めました。

 私はそれまでに病理解剖の主執刀15体の経験がありましたし、亡くなった患者さんの主治医として、執刀から報告書作成、家族への報告まで、全て自分で責任を持って執り行うつもりでした。その覚悟を持ってすれば、通常ならば家族から解剖の承諾が取れる可能性が高まります。しかし、その時は説明を前にして、自信がありませんでした。

 何しろ最愛の一人息子が急死したのです。しかも週に2度も病棟に来てくれていたのに、それまで私はお父さんと親しくお話ししたことがなかったという、忸怩(じくじ)たる思いもありました。加えて、お父さんが高齢だったことから、「初期のアルツハイマー病があってもおかしくない。そんな人に病理解剖の必要性を理解して承諾してもらえるだろうか」と後から考えれば大変申し訳ない推測もしていました。

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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