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患者の要求は医師のサブスペシャリティーにまで

2014/03/28
大西洋一

写真1 当院で働く医師を紹介するパンフレット。今では日本人医師、総勢12人になりました。*画像クリックで拡大します。

 「そちらのクリニックには、アレルギー専門の小児科の先生はいらっしゃいますか?」

 当院(ラッフルズジャパニーズクリニック)には、こういった電話の問い合わせが頻繁にあります。これが日本の都市近郊の病院であれば普通なのかもしれませんが、当院はシンガポールにある日本人向けのクリニックです。海外ですから、本来なら日本人の医師がいるだけでも特殊な状況であるはずなのに、シンガポール在住の日本人にとってはもはや日本人医師がいることは当たり前。「専門医の、そのまた専門」(サブスペシャリティー)まで問い合わせるのが、こちらでも普通になっているようです。読者の皆様には、なんとも贅沢な話だと思われるかもしれません。

EPAで日本人医師の定員が15人に
 私がシンガポールに赴任した2001年当時、シンガポールには約2万5000人の在留邦人がいて、日本人向けクリニックはまだ3軒だけでした。当時、日本人医師は全部で13人前後の登録がありましたが、ほとんどが内科医。問い合わせは当然ながら、「そちらでは日本人医師の診察を受けられるでしょうか?」といったものがほとんどで、医師の専門を問われることはありませんでした。10年以上が経過した今、シンガポールには7軒の日本人向けクリニックが存在し、計30人の日本人医師が診療に当たっています。

 シンガポールで医師として就業するためには、もちろんシンガポール政府から医師免許を得る必要があります。就業ビザも取らなくてはなりませんが、医師免許さえ取得できればスムーズに手に入るので、問題は医師免許ということになります。

 2002年に日本とシンガポール政府の間で経済連携協定economic partnership agreementEPA)が締結された際、医師免許の相互承認という条項が盛り込まれ、日本の医師資格を持つ者は一定要件を満たせば書類審査のみで15人まで、シンガポールの医師免許を取得できることになりました。

 実は、それまでも同じような条件で医師免許取得が可能だったのですが、人数に関して特に制限はありませんでした。ところが、このときEPAに盛り込まれてしまったばかりに、人数制限がかかってしまったのです。物品に限定される自由貿易協定free trade agreementFTA)だけでなく、できれば人の交流も含むEPAにしたいという政府間の思惑から、既製事実があった医師免許承認が都合良く利用され、しかも数字を伴わないと協定としては格好が付かないということで、15人という制限ができてしまったようです。両国の交流を深めるはずのEPAが締結されて、逆に制約が強まるのだから、おかしな話です。

専門医を置くのは採算が合わないと思ったが…
 翌2003年に、私がラッフルズホスピタルと共同でラッフルズジャパニーズクリニックを設立した際(「ルー会長、私の話を聞いてくれ!」「人生をかけたプレゼンは拍子抜け?」参照)、私を含む日本人医師2人でスタートしたことで、シンガポール国内の日本人医師登録数は早くも上限の15人に達してしまいました。そうなると、クリニック規模を拡張したくても、これ以上医師を増やせないわけです。当時、ラッフルズジャパニーズクリニックは、当地日本人向けクリニックとして最後発で規模も小さかったわけですが、医師を増やさないことには未来永劫この状況から脱することができません。

 そこで私は、この人数制限が何とかならないものか、在シンガポール日本大使館に厚生労働省から出向してきていた担当の方へ相談し、紆余曲折を経て、最終的には枠を30人に増やしていただくことができました。もちろん、私からの要望だけで実現したことではありません。シンガポール日本人会や商工会議所など当地の日本人コミュニティーからの、対日本人医療の充実を望む声があったからこそです。枠が拡大したおかげで、当院では徐々に医師を増やすことができ、それに伴って患者に提供できる医療サービスの範囲も拡大していきました。

 かつては、海外で働く医師の条件はプライマリケアに対応できることが常識とされ、内科医の採用が優先されていました。専門医は専門領域の患者しか診察できないので、対象人口の少ない海外では採算性の問題があると考えられていたのです。私自身も当初はそう考えていました。ところが、実際に専門医が診療に当たってみると、なかなか予約が取れないくらいに患者からのニーズがあったのです。

著者プロフィール

大西 洋一

ラッフルズジャパニーズクリニック院長

1992年に千葉大を卒業し、同大呼吸器内科に所属。2001年より2年間、シンガポール日本人会診療所にて在星邦人の診療に当たる。03年、ラッフルズホスピタルと共同でラッフルズジャパニーズクリニックを設立。10年には上海にもジャパニーズクリニックを開院。現在はシンガポールに家族を残して上海へ単身赴任し、診療を行う日々。目標は日本にラッフルズ病院を作ること。得意なことはネゴシエーション、苦手なことは英会話。

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