日経メディカルのロゴ画像

ラッフルズジャパニーズクリニック誕生(その1)
ルー会長、私の話を聞いてくれ!

2011/10/26
大西洋一

ラッフルズジャパニーズクリニックのオープニングセレモニーにて。写真左からルー会長、槙田在シンガポール日本国大使(当時)、浅見靖子事務長(当時)、筆者。

 日本人が在留している多くの国で日本人コミュニティーが存在しますが、シンガポールにおけるコミュニティーも連帯感が強く、職種を超えての密なお付き合いがあります。様々な業界からの「代表者」がコンパクトに集結していることも、とても魅力的です。日本では単なる普通の医師の1人に過ぎなかった私も、シンガポールの医療業界で働く日本人医師の「代表者」として、コミュニティーに参加することができました。

 商社や金融関係の方、現地法人の社長として会社を任されているような立場の方などのお話は、私にとって全く知らない異世界を垣間見させてくれるもので、非常に刺激的でした。また、日本からも大学教授など多くの医療関係者の訪問を受けました。

 日本で医師をやっていると、医療業界以外の知り合いというものがなかなかできません。今思うと、非常に狭い世界で仕事をし、生活していたと思います。おそらく私が日本で診療を続けていたら、こういった方々との出会いも絶対になかったことでしょう。これらの交友関係は、後に私の仕事にも大きな影響とチャンスを与えてくれました。

日本よりはるかに快適なシンガポール生活
 シンガポールでは、家族を含めて大変満足のいく生活が送れます。治安も衛生面も申し分ありません。夜遅くまで飲み歩いても安心してタクシーに乗って帰れますし、女性1人でも夜の街を歩けます。水道水も飲用できるし、「ガーデンシティー」と呼ばれる街はよく手入れされた緑に囲まれ、道に落ちたゴミもわずかなものです。

著者プロフィール

大西 洋一

ラッフルズジャパニーズクリニック院長

1992年に千葉大を卒業し、同大呼吸器内科に所属。2001年より2年間、シンガポール日本人会診療所にて在星邦人の診療に当たる。03年、ラッフルズホスピタルと共同でラッフルズジャパニーズクリニックを設立。10年には上海にもジャパニーズクリニックを開院。現在はシンガポールに家族を残して上海へ単身赴任し、診療を行う日々。目標は日本にラッフルズ病院を作ること。得意なことはネゴシエーション、苦手なことは英会話。

この記事を読んでいる人におすすめ