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メスを持つべきか、ペンを持つべきか

2016/03/09
近藤豊

写真1 迅速な判断が必要とされる外傷外科手術(中央が筆者)

 皆様、こんにちは。ここボストンは例年よりも冷え込み、-22℃を記録して雪が降り積もることも増え、だいぶ寒くなっています。今回は、メスを持つべきか(臨床をすべきか)、ペンを持つべきか(研究をすべきか)について考えたいと思います。

教科書を超えて経験を積み重ねる
 言わずもがなでしょうが、臨床は医師にとって非常に重要です。いくら頭の中で多くの知識を持っていても、それだけで実際の患者をきちんと診察することはできません。診察というのは、知識だけでなく経験も必要とされるスキルだからです。例えば、有名なG.Christopher Willisが著した“Bedside Medicine”(邦訳は『Dr.ウィリス ベッドサイド診断』、医学書院、2008年)の胸部診察の項にはこう書いてあります。

 The points to note when observing respirations at the bedside are the rate,depth,rhythm and noise of breathing.
 (ベッドサイドにおける呼吸の観察のポイントは、呼吸数、深さ、リズム、息づかいである)

 いくら教科書で勉強して正常な呼吸数を知っていても、呼吸の異常に気付くことはできません。呼吸数のみならず、深さ、リズム、息づかい、すべての点で異常を見抜くことはとても奥の深いことではないかと思います。実際の患者から学ぶことはとても多く、ベッドサイドに足を運ぶ姿勢はとても大事です。特に外傷外科の分野では、経験はとりわけ重要になります(写真1)。

 そのことを痛感するのは、やはり外傷外科手術をするのか、しないのかを判断するときです。例えば、外傷性脾損傷では、机上の知識としては縫合止血や部分切除も選択肢となりますが、経験則としては全摘出となることが多いです。血圧などのバイタルサインが落ち着いている場合は、脾臓の全摘出を避けるため、手術をせずに経カテーテル的動脈塞栓術transcatheter arterial embolizationTAE)という選択肢もありますが、TAEの場合は脾仮性動脈瘤を作る可能性がそれなりに高いため、外傷直後よりもその後の管理に注意する必要があります。遅発性の仮性動脈瘤は外傷後1週間以内に生じるケースが特に多いため、1週間程度は注意して経過をフォローします。

 経験を積むことで、臨床で一歩先に何が起こり得るかの予想も可能となります。そして、予想の妥当性は患者の予後を左右します。しかし、経験を積むには、ある程度の時間が必要です。私のような若手の医師が年輩の医師と競おうとするなら、少なくとも知識の部分では負けないように努力することも大切でしょう。

 臨床は患者の利益となることが目の当たりにできるので、とてもやりがいを感じます。苦労して治療した患者が元気になって退院したときには喜びもひとしおです。

臨床医にとっての研究の意義とは
 一方で、ペンを持つ(研究をする)ことは臨床医にそもそも必要なのだろうか…と葛藤することは少なくありません。多くの場合、研究に力を注ぐと臨床に費やす時間が減ることが危惧されるからです。しかし、われわれが医学生のときに学んだ知識は先人の研究成果の蓄積ですし、医師になってからも学会などで最新の研究成果から新しい臨床の可能性を知ることができます。自身の臨床医としての形成過程には、他者の研究成果が必ず関わっていることになります。そのため、自分でも研究をやりたいという気持ちが芽生えてきます。

 臨床の時間を確保しつつ研究できたらいいのですが、実際のところ両立はとても難しく、私も大学院で研究しながら大学病院で臨床も行っていたので、非常に大変でありました。それでも、学会発表や論文で自らの研究成果を報告できるときの喜びは言葉にできないものがあります。

著者プロフィール

近藤 豊

ハーバード大学医学部外科学講座リサーチフェロー

2006年琉球大学卒業。初期研修を沖縄県立中部病院、後期研修を聖路加国際病院で修了。その後、琉球大学大学院へ進学し、救急医学講座講師や附属病院救急部副部長を兼任しながら修了した。救急科専門医、外科専門医。外傷や敗血症を得意分野とする。敗血症やARDSなど救急分野の様々な診療ガイドライン作成を担う。将来は臨床と研究を融合しながら救急医学を追究したいと考えている。趣味は散歩とコーヒー。

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