日経メディカルのロゴ画像

宗教上の理由ではない「輸血拒否」とは

2010/05/26
堀越裕歩

 ある日、小児科当直として勤務していたときのことです。日本ではまず診ることがない鎌状赤血球症の子どもがおり、その血圧が低めだということで呼ばれました。この病気は、異常な赤血球が壊れやすくなっており、急性の溶血性貧血を起こすことがあります。そのため、早めに正常な赤血球を輸血して循環量を確保することが必要です。

 看護師の話によると、「患児はフランス語圏のアフリカの国から移民として最近やって来た両親の子どもで、父親は英語が分かる」とのことでした。

医師に当たり散らす患児の両親
 患児の部屋を訪れると、苦しそうな子どものそばで両親が付き添っていました。一見したところ、どうも両親はとても立腹しているようでした。私はまず病状を説明した上で「血液検査と輸血による治療が必要です」と伝え、それから両親の意見を聞きました。信頼関係を築くためにも、両親の立腹の理由を聞き出さなければなりません。両親は、案の定と言ってはなんですが、「輸血は絶対にさせない」と拒否の構えでした。

 「これは厄介だなあ」と思いつつ、その理由を尋ねてみると、「アフリカでも同様のことがあったが、輸血は必要なかった。病院に来てから悪くなった。お前らが悪くしたのだろう」という主張でした。「前日に救急を受診したが、8時間も待たされた上、入院して点滴を受けているのにどんどん元気がなくなってきた」というのです。救急では、重症度に応じてトリアージされた結果、緊急性が低い場合は待たされることがよくあります。鎌状赤血球症に限らず小児疾患では急変することがよくあり、それがたまたま入院中に起こったのですが、子どもの具合が悪化したことに加え、待たされるストレスが積み重なると、医療従事者に対して攻撃的になる家族が少なくありません。

 ただし、待たされて怒る親は、日本での方が多かったように思います。カナダでは「軽症では待たされる」ことがよく知られているためでもあるでしょう。この両親のようにカナダ国外から来ている人は、救急で待たされることに慣れていない上、言葉の違いもあって納得してもらうためのコミュニケーションも大変です。フランス語を不自由なく話せるカナダ人の医療従事者は、英語圏のトロントでは多くないのです。

 私は両親のストレスに対して共感を示し、カナダの医療システムの説明から始めました。そして「この疾患では急変することがよくあります。私は当直医で、初めてあなたのお子さんを診させてもらいましたが、日中の担当医がやってきた治療は私が見直してみても適切に行なわれていて、むしろ治療を受けていなかったら、もっと具合が悪くなっていたのではないでしょうか」と説明しました。すると、何とか納得してくれたようで、怒りもだいぶ治まってきました。

著者プロフィール

堀越 裕歩

トロント小児病院 小児科感染症部門・クリニカルフェロー

2001年昭和大学医学部卒業。沖縄県立中部病院(インターン、小児科レジデント)、カンボジアの小児病院で医療ボランティア、国立成育医療センターの総合診療部等を経て、2008年7月より現職。東南アジアにおける小児国際医療協力・研究、新潟県中越地震の際の緊急支援などに従事。趣味は、スノーボード、野球とサッカー観戦。トロントでもフットサルで活躍中。

この記事を読んでいる人におすすめ