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カナダの難民医療の中で遭遇した奇跡

2010/05/17
堀越裕歩

 あるアフリカの国から、カナダへ移住して来た難民女性の話です。彼女には相思相愛の男性がいましたが、親同士の決めた結婚により引き離されてしまいました。地位と名誉のある夫でしたが、家庭内暴力がひどく、彼女は家から逃げ出しました。

 やがて内戦により軍が村に押し寄せて来て、村の人たちはほとんど殺されてしまいました。彼女は何とか命からがら着のみ着のままで逃げ出して、数カ月間にわたって野生動物や過酷な気候、飢えと戦いながら歩いて国境を目指し、奇跡的に隣国の難民キャンプにたどり着きました。しかしながら、キャンプの治安は悪く、そこでレイプされて子どもを身ごもります。

 アフリカの多くの国々では、HIV/AIDSがとりわけ大きな問題となっています。今では、きちんとした抗ウイルス薬での治療や予防措置を取れば、ほとんどのHIVの母子感染が防げるのですが、キャンプに満足な治療や周産期管理はありません。彼女の子どもはキャンプで生まれましたが、案の定、HIVに感染してしまいました。

 その後、幸運にも難民として子どもと一緒にカナダに移住することができたのですが、ここで奇跡が起こりました。同じく難民としてカナダへ逃げて来た、相思相愛だった男性と再び出会ったのです。この男性と再婚した彼女は、いわゆるアラフォー(40歳前後)で2人目の子どもを授かりました(もちろん、カナダでしっかりとHIVの母子感染予防をしてHIV陰性です)。今はとても幸せに暮らしています。

 カナダに移住した難民が必ずしも恵まれた生活を得られるわけではありませんが、難民にまつわる悲惨な話が多い中、こうした例外的なケースもあるのです。

 難民問題というものは、日本で生活している人にとっては、ニュースで目にすることはあっても、実際の生活上ではあまり関係のないことでしょう。私自身は国際保健に興味があったので、学生時代から比較的こういった問題にアンテナを張っていた方ですが、実際に日本で難民にかかわることはありませんでした(様々な理由から長期不法滞在となっている外国人に接することはありましたが)。その理由は、やはり日本の難民受け入れ数の絶対的な少なさでしょう。トロントで小児感染症医療に携わっている今は、難民としてカナダに移住してきた人の医療に頻繁にかかわっています。

日本の難民受け入れ状況
 難民とは、どのような人のことを言うのでしょうか? 1951年に国際連合で採択された「難民の地位に関する条約」(難民条約)では、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」などと定義されています。

 この定義上の難民は現在900万人ですが、国内に残されている人や定義には当てはまらないけれども同等の状況に置かれている人などを含めると、支援の必要な人は約3100万人に上ります(2007年に国連難民高等弁務官事務所が発表したデータによる)。

著者プロフィール

堀越 裕歩

トロント小児病院 小児科感染症部門・クリニカルフェロー

2001年昭和大学医学部卒業。沖縄県立中部病院(インターン、小児科レジデント)、カンボジアの小児病院で医療ボランティア、国立成育医療センターの総合診療部等を経て、2008年7月より現職。東南アジアにおける小児国際医療協力・研究、新潟県中越地震の際の緊急支援などに従事。趣味は、スノーボード、野球とサッカー観戦。トロントでもフットサルで活躍中。

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