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地獄の研修医生活

2009/10/27
堀越裕歩

 北米の医療に興味があった私は、医学部6年生のときに沖縄の米国海軍病院でエクスターンをしました。そのとき一緒に見学した友人から、「沖縄県立中部病院という、すごい病院がある」と聞きました。そのときは何が「すごい」のか、よく分かっていなかったのですが、日本の大学とは違う北米式の研修システムが面白そうだと思って、研修医採用試験を受けることにしました。わざわざ沖縄に行かなくても、当時住んでいた東京で試験が受けられたことも、試験を受けた理由です。

 試験は、英語の筆記試験、小論文、日本語と英語による面接でした。数カ月後、幸運にも合格通知を受け取り、小児科のレジデントプログラムで研修することが決まりました。当時はまだ初期研修制度が始まる前で、大学医局にストレートで入るのがスタンダードだったので、試験を受けて病院から“選んでもらう”のは珍しいことでした。

沖縄で経験した北米式研修システム
 戦争で焦土と化した沖縄は、戦後、医療も一から再構築せざるを得ませんでした。離島がたくさんあるという地理的な理由もあり、ほかの地域以上にプライマリケア医を養成する必要があったのです。そのため、沖縄県立中部病院のプログラムは、プライマリケア医養成に重点を置いたスーパーローテーション方式でした。このプログラムは、ハワイ大学の協力により北米式の研修プログラムを取り入れ、さらに北米から指導医を招聘し、やっと完成させたものだそうです。

 これが適用される研修医の採用は1976年から始まりましたが、全国より選抜して採用するため、学閥もありませんでした。そして、小児科レジデントでも傷の縫合など外科の経験も積めるといった特色もあり、やがて学生の研修病院ランキングでは常に上位に入る人気プログラムとなりました。

 中でも特徴的だったのが、1学年上の医師が下の医師を教えるという「屋根瓦式のトレーニング」です。これは簡単に思えるかもしれませんが、相当な実力差がないと実際に教えることができません。

 医師の世界で、臨床・研究・教育の三本柱のうち、最も出世に結び付きにくいのが教育でしょう。日本では、臨床教育に情熱を傾ける指導医が、ふさわしい評価をされているとは言えないのが現状だと思います。評価が低ければ、当然、頑張ろうとする人も少なくなります。沖縄県立中部病院の秀逸なところは、古くから教育に力点を置いてきたことで、しかもその臨床教育のスピリットが指導医から研修医にまで浸透していることです。不文律として教育システムが存在していることは、とてもすごいことだと思います。

 また、2年目のレジデントが主治医になれることも、大きな魅力です。主に救急外来から入院する患者の主治医として、圧倒的に豊富な症例を経験することができるからです。

著者プロフィール

堀越 裕歩

トロント小児病院 小児科感染症部門・クリニカルフェロー

2001年昭和大学医学部卒業。沖縄県立中部病院(インターン、小児科レジデント)、カンボジアの小児病院で医療ボランティア、国立成育医療センターの総合診療部等を経て、2008年7月より現職。東南アジアにおける小児国際医療協力・研究、新潟県中越地震の際の緊急支援などに従事。趣味は、スノーボード、野球とサッカー観戦。トロントでもフットサルで活躍中。

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