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情報錯綜して二転三転の隔離生活が終わった
続・COVID-19状況下での一家4人「渡中」の記録

2020/07/27
友成暁子

写真1 息子が咽頭スワブを採取される様子
かなり強く嘔吐反射を誘発されていました。

 2020年3月下旬、COVID-19の影響が深刻化してきて、あわてて帰省中の日本から上海へ戻ろうとしたところ、地方都市・福州市のホテルで隔離されるはめになった友成暁子です。前回は私たち家族が隔離されるまで、そして隔離生活が始まったばかりの段階のお話をさせてもらいました。今回は隔離生活中盤に起こった出来事、そして上海へ戻るまでの顛末をお伝えしたいと思います。

23時半、ホテルの部屋に想定外の電話…
 ホテルに閉じ込められてからしばらくは比較的平穏に過ごしていたのですが、隔離生活3日目、23時半に部屋の電話が鳴りました。そして電話口で「これから5分後に医師が検査をしに行くので、ドアのノック音が聞こえたらマスクをして出てくること」と伝えられました。かなり遅い時間だったので子どもはもちろん寝ていますし、なにしろ突然の連絡であり、予定されていた検査ではないのだろうと感じました。「これはもしかして、わが家の誰かが空港で採取したPCRスワブ陽性になったのか? 病院に連れて行かれるのか?」と、居ても立ってもいられなくなりました。

 ここまで私が不安になったのは、PCR陽性になったらどんな境遇に置かれるかを知っていたからです。中国へ戻る前、私は友人やSNSを通して様々な情報を可能な限り集めていました。そのときに「PCR陽性になった人の体験談」を読んでいたため、余計心配になってしまったのです。

 空港でのスワブで陽性となったら、原則として病院へ連れて行かれ、有無を言わさず入院となります。入院時に胸部CTを1回、入院中はPCRと胸部X線撮影を14日間で3回行われ、すべて陰性になっていれば退院です。

 私はこの時点で、海外から上海へ入ろうとした外国人家族のうち「子どもだけPCR陽性」になってしまったパターンを2例知っていました。このパターンになってしまった場合、子ども(PCR陽性者)のみが病院へ連れて行かれます。ポイントは「のみ」の部分です。親は同行できず、濃厚接触者としてホテル隔離のままとなります。子どもと引き離され、会えなくなってしまうのです。

 この2例の家族では、それぞれきょうだい2人が陽性となりました。きょうだいは同じ病室に入れてもらえたようなのでまだよかったですが、親としては気が気ではないでしょう。ましてや、入院させられるのは公立病院。この連載で以前書いたように、外国人は公立病院に足を踏み入れたことがない人がほとんどなので、子どもがどんな環境でどんなことをされているのか分からないのは、親としては本当に「恐怖体験」だったと聞きました。

14日間の半ばで突然の隔離解除?
 0時20分ごろ、私たちの階の廊下が騒がしくなり、検査が始まった様子が聞こえてきました。この時点までは、うちの家族のみが検査対象なのか、それとも全員対象なのか分かっていなかったため、他の部屋でも検査が行われていることを知り、少し安心しました。

 再度スワブをするのか思っていましたが、このときは指先穿刺で採血されたので、おそらくイムノクロマトグラフィー法を用いたIgMまたはIgG検査をされたのでしょう。検査はすぐに終わりましたが、その夜はなかなか寝付けませんでした。検査結果は伝えてくれないのですが、とりあえずわが家は誰も病院に連行されることなく、翌日、翌々日と過ぎていきました。

 そして隔離生活6日目、突然、再度の咽頭スワブを採取されました(写真1)。目的を告げられないままの異常なほどの頻回な検査でまたも不安になっていた矢先、部屋に電話がかかってきて「明日帰れるから、よろしく」くらいの軽いノリで上海へ戻っていいという旨を伝えられました。当初、ホテルの玄関口で医師からはっきりと「14日間の隔離」と伝えられていたので、まさに晴天の霹靂でした。

著者プロフィール

友成 暁子

ParkwayHealth消化器内科

2007年千葉大学卒業。亀田総合病院で卒後臨床研修後、同院消化器内科、手稲渓仁会病院消化器内科を経て現職。臨床の傍ら、医学書・医学論文の執筆、製薬会社関連の医学系翻訳なども手がける。幼少期を英国統治下の香港、米国メリーランド州で過ごした。勤務地・居住地の上海で出産も経験し、現在は2児の母。インターナショナルホスピタルの手術センター長である医師の夫と共に、育児、仕事、すぐに壊れる家電に対して日々奮闘中。

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