
これは“グッドニュース”ですが、問題を起こさないに越したことはありません。
GP(general practitioner)の診療には、原発癌や再発癌を早期発見する最前線という側面もあります。癌の見逃しはクレームや医療訴訟の原因として最も多いものの一つということもあり、非常に責任の重いポジションです。一方で、癌発見後の患者のケア、家族のケア、痛みの治療、緩和療法・緩和ケアなどを通して、患者とのつながりや信頼関係を築くこともできます。時には患者の内面を垣間見ることのできる点で、やりがいも大きいと言えます。
今回は、私がGPとしてかかわった、ある癌患者とその家族の話をしましょう。このケースは私にとって、癌が再発したことを患者に告知しなければならなかった、難しいケースでした。もし、皆さんが私の立場だったらどう対応するか、考えていただければ幸いです。
「癌が治った」と喜んだ矢先の多発転移
ある日、放射線科医から胸部CTのレポートと電話をもらった私は、「う~ん」と考え込んでしまいました。
患者のローズは67歳の女性。シンガポールからの移民で、半年前に閉経後の不正性器出血から子宮体癌が見つかりました。子宮内膜はエコーでは正常でしたが、念のため病院に紹介したところ、内膜掻爬で癌が確認されたのです…。当時、病巣は骨盤内に限局していたため、彼女は子宮卵巣拡大摘出術を受け、さらに化学療法と放射線療法を受けました。つい先日、紹介先の病院の腫瘍医から、私宛に「寛解した」という手紙が届いたばかりでした。
この日の朝、ローズは「右の肋骨が痛くて息をするのもしんどい」と訴えてきました。診察したところ、外傷のエピソードはなし。帯状疱疹でもなさそう。「癌はひとまず治まったようだけれども、念のためCTで胸と肋骨を見てみましょう」と彼女に話し、緊急CTを病院に依頼しました。
その後、放射線科医から「肺に多発性の転移巣あり。胸水もたまっているし、痛がっていた肋骨の部位には転移が、肝臓にも多発性の転移巣があるよ」と電話。詳しくはレポートを見てくれとメールが送られてきたのでした。
緊急CTの結果を聞くために病院から戻って来たローズに、このバッドニュースをどうやって伝えようか…。待合室をのぞくと、ご主人と20歳くらいのお孫さん2人と共に、4人で座っていました。もし、ローズが薄々でも癌のことを心配しているなら、既にある程度の覚悟、心の準備はあるかもしれません。逆に、全く癌のことを考えていないなら、かなりのショックを受けるだろうことは予想できます。バッドニュースは、患者がどのくらいのことを予期しているかで、伝え方も受け止め方も違ってくるわけです。
私はまず、ローズの態度から「何を期待しているか」を探ることに。診察室に呼び入れると、彼女は笑顔、ご主人はちょっと心配気味、お孫さんは祖父母をサポートしているような感じに見えました。
私の第一声はここで決まりました。ローズが自分の癌の状態についてどう把握しているかを聞いてから、どう伝えるかを考えよう――。「腫瘍医は最後に会ったとき、あなたに癌のことをどう説明しましたか?」
ローズはきょとんとしつつも、「治ったと聞きました」。彼女は本当に治ったと思っていたのです。そこで、私ははっきりと伝えました。「ローズ。残念ながら悪い知らせを伝えなければなりません。癌が広がってしまい、肝臓にも肺にも転移しています。腫瘍医も治療はうまくいったと考えていたのですが、少しの癌が残っていたのでしょう。肋骨の痛みも転移から来ています」
これを聞いて、お孫さんたちの方が泣いてしまいました。ローズ自身は、まだ何を言われたのか分からないような状態だったのだと思います。私は続けます。「かなりのショックでしょう。これから病院の腫瘍医に電話して、至急診察してもらえるように手配します。彼らの方から、どうして癌が広がってしまったのか、納得いくまで説明してもらうようにしましょう」。ご主人からは「彼女はどのくらい生きられますか?」という質問がありましたが、「それは分かりません。人それぞれ癌の進行は違いますから。けれど、私たちはできるだけのことを彼女にします」と答えました。