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徴兵を抽選で決めたベトナム戦争と臨床研究
1970年代の医療ビッグデータ

2013/08/15
永松聡一郎

 1969年12月1日、ワシントンD.C.で行われた、とある抽選会に全米が釘付けとなっていました。その模様はテレビやラジオで中継され、透明な抽選箱の中に366個のカプセルが入れられていく様子が報じられています。政府代表を務める下院議員が、神妙な面持ちで最初のカプセルを取り出し、中に入っていた紙を読み上げます。

 「9月14日」。

 その瞬間、9月14日生まれの20~25歳のアメリカ人男性は、ベトナム戦争に徴兵される名簿の筆頭に載ることになりました。アメリカ政府は徴兵される人を公平に選ぶため、抽選という方法を用いたのです(その様子の動画はYouTubeにも掲載されています[1])。

 従軍経験が健康に対して悪い影響を与えるということは想像に難くないでしょう。その影響を裏付けるため、徴兵が抽選で行われたことに注目した研究が、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌(NEJM)に報告されています[2]。この論文を切り口として、大規模データベースを用いた臨床研究について考えてみたいと思います。

抽選は公平な徴兵方法になるか
 ベトナム戦争(~1975年)の最中、アメリカ軍は志願兵制度と徴兵制度を併用していました。志願兵だけで必要兵力を満たすことができない場合は、18~25歳の男性が年長から順に徴兵されました。しかし、この方法では、25歳以下の男性は26歳の誕生日を迎えるまで「いつか自分も徴兵されるかもしれない」という不確実性の中で過ごさなければなりません。

 徴兵に対する不満や問題点も多く指摘されていました。反戦運動が盛んになる中、徴兵が免除される神学校に進学する、令状が届かないホームレスになる、カナダに移住するといった手段で徴兵を避ける人もいました。社会経済的地位が高い(所得が多い)人は、兵役に就かない傾向があるという批判もありました。

 当時のニクソン大統領は、従軍兵士の数を維持するため、徴兵制を維持するか、志願兵制に移行するか迷っていました。そのような状況下で“公平な”徴兵を行うべく、政府のSelective Service System(選抜徴兵システム)が、抽選による徴兵を行うことに同意したのです。この新制度では、毎年1回、20歳になる男性を対象として抽選を行い、その抽選で選ばれなかった人は、以降、徴兵されることがないというものでした。

 抽選は以下のように行われました。抽選箱には1月1日から12月31日までの日付(誕生日)が記された紙片をおさめたカプセルが入っています。抽選で引き当てられた順番に従い、各誕生日に1番から365(366)番までの番号が振られます。例えば、1970年に20歳を迎える男性の抽選は、9月14日生まれ、4月24日生まれ、12月30日生まれ…という順で、上位195番までの人が対象となりました。同様に、1971年は上位125番、1972年は上位95番までが徴兵の対象となりました[3]。

 この方式による抽選は1975年まで行われましたが、1973年以降は実際に徴兵されることはなく、志願兵制度に移行しました。

徴兵抽選を観察研究の操作変数に
 ベトナム戦争には約400万人のアメリカ人が従軍したといわれています。復員した兵士は、薬物汚染、アルコール依存、うつ病、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えるケースが多いということは経験的に知られていました。事実、彼らは、結婚生活の破綻、暴力的な行為、犯罪を引き起こし、大きな社会問題になりました。

 しかし、この事実だけをもって「従軍経験が健康に悪影響をもたらした」と、ただちに結論付けることはできません。このことを明らかにするためには、どうすればいいでしょうか?

 復員兵と従軍しなかった人たちの健康状態を比較すればいいのかもしれません。しかし、復員兵と従軍しなかった人ではそもそも特徴が違うので、その健康状態を比較して因果関係を示すことはできないのです。例えば、「もともと銃が好きな人が軍隊に入り、そうした暴力性が健康に影響を与えた」「所得の低い人が軍隊に入り、低所得が健康に悪影響を与えた」ということも考えられます。

 「そんな屁理屈を…」と思われるかもしれませんが、こうした要素は交絡因子(confounder)と呼ばれるものです。逆に、「健康状態が悪い人は軍隊に入れない」という選択(セレクション)バイアスのため、従軍経験の健康に対する悪影響が過小評価されるかもしれません。このように、観察研究では交絡因子やバイアスによる影響があるので、解釈には注意が必要です(次ページ図1)。

著者プロフィール

永松 聡一郎

ミネソタ大学呼吸器内科・集中治療内科クリニカルフェロー

2003年東京大学医学部医学科卒。アメリカ内科専門医(ABIM)。帝京大学市原病院麻酔科、ミネソタ大学内科レジデントを経て、2008年より現職。専門分野は集中治療におけるQuality Improvement。病院間で異なる治療プロトコールの標準化や多施設間クリニカルトライアルのコーディネートを行っている。趣味は演劇、航空機。

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