私がミネソタ大学の集中治療室(intensive care unit;ICU)で働いていた頃、ICUは“1泊30万円のホテル”にたとえられていました。患者さんの入院費用が1000万円を超えることはよくあること。症例検討会では1億円を超える事例が議論の対象となっていました。
アメリカでは毎年約500万人がICUに入院し、約3割のアメリカ人は亡くなる直前1カ月間にICUを利用します[1]。約8割のアメリカ人は患者として、あるいはその家族や友人として、生涯の間に一度以上はICUに接します。ICUでの医療には高額の費用がかかり、その額は病院医療費の3割、国内総生産(GDP)の1%、9兆円以上に及ぶと言われています。
日本のICUでの治療には、どのくらいの費用がかかるのでしょうか? 日本での治療コストはアメリカの3分の1程度、患者さん1人当たり数百万円という印象を持っています。病院は特定集中治療室管理料という診療報酬を受け取るのですが(7日以内の場合は1日当たり約9万2000円)、多くの場合、この支払額だけではICU滞在期間の収支が赤字に陥り、とりわけ血液疾患・癌・小児・敗血症の治療では、その赤字幅は大きくなります[2]。
一方、患者さんが実際に支払う自己負担金には、高額療養費制度により上限が設けられています(一般所得で月当たり最大10万円程度)。患者側の立場からすると、低い経済的負担でICUを利用できる私たち日本人は、大変恵まれているのではないでしょうか。
前回の記事では、戦後生まれのベビーブーマーが高齢者として増加するため、集中治療に携わる医師が不足すると予測した、アメリカのCOMPACCS研究を紹介しました。今回は、集中治療医が足りない中で、アメリカ政府・保険者・医療機関が、膨大な医療資源を消費する集中治療にどのように対応しようとしているか、2000~2010年代の動きをレポートするとともに、日本の集中治療の現状を述べたいと思います。
医療資源を多く消費する集中治療―GDPの1%がICUで費やされる
現代の病院に必要不可欠な存在となっているICUですが、世界的に見ても歴史は新しく、病院の中でICUというかたちで運営されるようになったのは1970年代からです[3]。
日本では2011年時点で、特定集中治療室が822施設(6530床)あります。そのほかに小児集中治療室(pediatric ICU;PICU)が32施設(238床)、新生児特定集中治療室(neonatal ICU;NICU)が308施設(2765床)、母体胎児集中治療室(maternal fetal ICU;MFICU)が96施設(624床)、心臓内科系集中治療室(coronary care unit;CCU)が350施設(1772床)、脳卒中集中治療室(stroke care unit;SCU)が113施設(677床)など、機能を特化した集中治療室もあります[4]。
国を問わず、集中治療には多くの医療資源(ヒト・モノ・カネ)が求められます。例えば、2005年にアメリカで集中治療に費やされた費用は817憶ドル(8.95兆円)で、病院医療費の13.4%、国民医療費の4.1%を占めました。GDPでは0.66%に相当します[5]。現在ではGDPの1%以上が費やされていると言われ、今後の高齢者の増加や医療技術の進歩を加味すると、さらに膨れ上がることが予想されます。政府や支払者である保険者は、「どのようにして費用を抑制し、かつ治療成績を向上させるか」に関心を寄せています。
集中治療医の役割とは?―多職種をまとめるコーディネーター
こうした状況にあって、集中治療専門医(インテンシビスト:intensivist)がICU の管理を行うと、死亡率や在院日数を減少させ、治療成績が良くなるという報告があります[6]。ただし、誤解してほしくないのですが、ICUでの治療は医師だけが担うのではありません。例えば、ミネソタ大学病院では、朝の回診を大人数のチームで行います。その構成は、指導医、フェロー、レジデント、看護師、呼吸療法士(人工呼吸器の管理担当)、臨床薬剤師、理学療法士、作業療法士、栄養士、ソーシャルワーカー、牧師(患者さんや家族の心のケアを担う)といった大規模なものです。小さな病院でも、形態こそ違うものの、医師が数人の医療スタッフとコミュニケーションを取りながら治療計画を立てています。
新規に会員登録する
会員登録すると、記事全文がお読みいただけるようになるほか、ポイントプログラムにもご参加いただけます。
著者プロフィール
永松 聡一郎
ミネソタ大学呼吸器内科・集中治療内科クリニカルフェロー
2003年東京大学医学部医学科卒。アメリカ内科専門医(ABIM)。帝京大学市原病院麻酔科、ミネソタ大学内科レジデントを経て、2008年より現職。専門分野は集中治療におけるQuality Improvement。病院間で異なる治療プロトコールの標準化や多施設間クリニカルトライアルのコーディネートを行っている。趣味は演劇、航空機。

この連載のバックナンバー
-
2013/08/15
-
2013/06/20
-
2013/02/20
-
2011/04/18
-
2011/02/23