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終末期患者が出血で搬送、治療方針は?

2012/05/28
日比野誠恵

 こちらの言い回しで、「あり得ないこと」を指して“a car too fast”とか“a girl too pretty”と表現することがあります。患者の生命を救おうと「熱くなる」医師はもちろん立派ですが、何事にもバランスは必要で、「熱すぎる」医師、つまり患者の生存を至上目的とする医師は考えものなのかもしれません。

喉頭癌患者が頸動脈から出血、塞栓すべきか否か
 ある日の準夜勤帯。さほど忙しくはなく、まもなく深夜勤の医師が来るという時間を迎えていました。ところが、スタッフのinterventional radiologist (IVR医)が自家用車に60歳過ぎの患者を乗せて、救急部に慌ただしく来院してきました。患者の頸部からはおびただしい勢いで出血があり、血圧も収縮期で80mmHgという状態でした。

 このIVR医が患者と友人だったのか定かではないのですが、詳細な患者の病歴を知っていました。かなり進行した喉頭癌を患っており、脳神経外科と頭頸部外科の共同による緩和手術を受けたばかりで、在宅ホスピスで療養していたところだったそうです。夜になって患部からの出血が止まらなくなり、相談を受けた医師は「もしかしたら、塞栓療法でさらなる緩和が図れるかもしれない」と考え、来院したということでした。

 私の同僚であるサーブ先生は、直接圧迫による止血をテクニシャンに頼み、オンコールのIVR医(患者を連れて来たのとは別の医師)に連絡を取りました。臨床的に予想されたように、CT画像を見ると癌浸潤による頸動脈からの出血が最も考えられました。しかし、頸動脈を塞栓して脳梗塞を起こすわけにもいかないので、どうすることもできなかったようです。

 緩和手術を行った脳神経外科と頭頸部外科にも連絡を取りましたが、「うちの科でも手の出しようがないので、他科にお願いしてください」という返事。結局、内科系集中治療科に頼んで入院ということになりました。

 この間、患者の出血こそ多少は治まったものの、血圧は低いままで意識朦朧としていたそうです。サーブ先生は3時間ほど付きっきりで患者のケアに当たるとともに、他科の医師や家族との連絡に奔走しました。最終的には、延命措置の中止と緩和医療を望む家族の意思が確認され、その36時間後に患者は静かに亡くなったということでした。

 ミネソタ州の近辺では、ホスピスの患者であってもICUに入るケースがしばしば見受けられます。かつて勤務したピッツバーグ大学病院では、ICUのベッド数が足りなかったこともあり同様のケースは皆無でしたが、 地域事情やローカルルールといったものがあるようです。

広がる「優しい診療科」
 緩和医療(palliative care)や終末期医療end of life care)が市民権を獲得し、医療者側も患者や家族との率直な話し合いを事前に持つようになりました。そうした変化もあって、今回紹介したようなケース、すなわち救急部に終末期患者が来院して、その対処方針が分からず連絡に奔走するというようなケースは、幸いにもまれになりました。ただし、大学病院では市中病院に比べて一縷の望みにかけて治療を続ける傾向があり、終末期医療に関しては後手に回っている現状もあります。この辺りの兼ね合いが非常に難しいことは、アメリカでも日本でも同様です。

 その一方で、わがミネソタ大学病院でも「ホスピスと緩和医療科」(hospice and palliative medicine)が設立され(しばしば「優しい診療科」〔tender loving careTLC〕とも呼ばれます)、気軽にコンサルトを行えるようになったのは喜ばしいことです(現実的には昼間に限られますが)。その後、緩和医療のフェローシップもスタートしました。

著者プロフィール

日比野 誠恵

ミネソタ大学ミネソタ大学病院救急医学部准教授

1986年北里大学医学部卒。横須賀米海軍病院、セントジュウド小児研究病院、ピッツバーグ大学病院、ミネソタ大学病院を経て、1997年より現職。趣味はホッケー、ダンス、旅行など。

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