日経メディカルのロゴ画像

患者の名前はファーストネームで

2011/01/20
岡野龍介

 アメリカに来て、スーパーで買い物するとき、腑に落ちないことが続いた経験があります。レジでの応対がどうもおかしいのです。私の前の客とはにこやかに談笑していたレジ係が、私の番になると急に顔が曇って一言もしゃべらなくなります。押し黙ったまま商品を次々にスキャンした後、黙ってレシートを私の前に突き出すだけ。

 失礼千万と思い、憮然としてレジを抜けて振り返ってみると、私の後ろの客とはまた談笑しながら接客しています。どこのスーパー、どの店員でも同じ現象が繰り返されます。差別でもされているのでしょうか。いったいなぜなのか、かなり長い間その理由が分かりませんでした。

 前後の客と私とは何が違うのか。注意して観察していると、あることに気付きました。アメリカ人の客は、自分の順番が来るとレジ係と目を合わせて“Hi, how are you?”と言っています。その後にも一言二言、何か話しかけています。レジ係はそれに反応し、会計の間中にこやかに談笑しているのです。

アメリカ的レジ通過態度で成功
 考えてみると、日本のレジで私はほとんど口を開くことがありませんでした。黙ってレジに近付き、仏頂面で商品を渡します。店員はやけに元気よく「いらっしゃいませ!」「1582円になります!」「2000円お預かりします!」とまくし立てます。お釣りを黙って受け取ると、「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」の声を背中に浴びながら店を出ていくのが当たり前です。自分で何か言葉を発するのは「お弁当、温めますか?」と聞かれて「あ、はい」と答えるときぐらい。

 私はとりたてて内気な性格ではなく、かといって初対面の人とどんどん友達になれるわけでもない、日本人としてはごく平均的な社交レベルの人間だと思っています。常連でもないのに、見ず知らずのレジ係に自分から「こんにちは! 今日は忙しかったですか?」などと声をかけることはしません。そんなことができる人は、よほど社交的か、たまたま機嫌がいいからだろうと思っていました。

 さて、再びアメリカでレジを通る機会がやってきました。レジ係にわざわざ自分から挨拶するのは億劫でしたが、今度は頑張ってテンションを上げて“Hi, how are you?”と声をかけ、“Looks like a busy day, huh?”と畳みかけてみます。するとどうでしょう、レジ係は「うん、だいぶ落ち着いてきたけどね」と答え、終始にこやかに応対してくれました。少しですが、他愛ない雑談までできました。

 これは興味深い発見です。このテクニックを使ってみると、どの店でも、今までの経験が嘘のように、毎回和やかな雰囲気で気持ちよくレジを通過できます。アメリカのレジでは、どうやら客の方もテンションを上げて、積極的に挨拶をしないといけないようです。

日米で異なる「きちんとした大人」の姿
 どの国にも、「普通の大人ならばこういう態度を取るだろう」という、文化的背景に裏打ちされた期待される行動パターンというものがあります。例えば日本では、大人ならば公共の場で、特に初対面の相手にはむやみに無駄口をたたかず、礼儀正しく振る舞うことが期待されます。「人に頭を下げることができるようになって初めて一人前の社会人だ」と言われるのはそのせいです。

 同様にアメリカ社会では、初対面の相手にも積極的に声をかけて挨拶し、明るく振る舞うことが期待されているのではないでしょうか。そのため、無言で仏頂面の「日本的レジ通過態度」は、アメリカ人の店員の目には「不機嫌な客」と映るのです。不機嫌そうな客を前にすれば、店員は当然不安な気持ちになり、顔は曇り、会話も少なくなっていたという仮説が立てられます。

著者プロフィール

岡野 龍介

インディアナ大学病院麻酔科アシスタント・プロフェッサー

1962年ニューヨーク生まれ。1988年産業医科大学卒。1993年に新日鉄広畑病院で麻酔科を設立、手術室・ペインクリニック・救急部の設計に携わる。10年間勤務の後、渡米。2003年インディアナ大学病院麻酔科レジデント、2007年シンシナティ大学病院ペインフェローを経て、2008年より現職。米国麻酔専門医。趣味はサイクリング、料理、日曜大工、映画鑑賞など。

この記事を読んでいる人におすすめ