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自らの言葉を、その身と共に

2014/12/25
内野三菜子

 過去の記事で登場した「黒い円盤」(外来で大活躍の通訳マシン)ですが、この優れモノにも時に限界はあります。例えば、充電切れ。前に使った人がコンセント近くの定位置にプラグを差した状態で戻さないとたまに起こります。家庭用固定電話の親機と子機を使って3人で会話するような方式の通訳マシンもあるのですが、これは往々にして子機の充電が切れ、私が密かに「トロントのオカン」と呼んでいる香港出身のエキスパートナースたちがしばしばブチ切れています。お片付けのできない人が大嫌いなのは、どこのオカンも同じです。

 「通訳マシンの“中の人”がいない」というのが過去に述べたお話の状況でしたが、ほかにも通訳マシンが絡んだ難しいケースを経験しました。この、ある意味で最もやっかいな状況について、ご紹介したいと思います。

「病を語る言葉」を奪われた女性患者
 その患者は御年60歳代後半、英語ができないとのことで受診シートの「言語」の欄には家族同伴の旨のチェックが入っていました。これまでのチャートからは、パキスタンとアフガニスタンの国境付近の出身とのこと。診察室に入ってみると、付き添いの家族は息子さん。患者はトロントのインド料理屋で調理人として働いているこの息子さんに呼び寄せられたという話でした。

 女性患者の中には、「家族以外の男性に肌を見せることはまかりならない」という宗教上の戒律のため、女性スタッフを指名してくる場合もあれば、診察時に必ず男性の家族を同伴することもあります。乳癌を担当する以上、上半身を脱いでもらっての診察は避けて通れないのですが、私が診察をする場合には担当が女性スタッフだけである状況を確認し、部屋の外に出る男性家族がほとんどです。そうしたら、患者が英語に不自由な場合には、万能言語「ボディーランゲージ」を使いつつ、通訳マシンを使いつつ、何とかするのが通例です。

 というわけで、この方についてもいつも通りにしようとしたところ、息子さんは何と、部屋に入って来てから診察が始まるまでずーっと自分が話し続けているのです。こちらとしては患者本人がどれくらい自分の病状を把握しているのかも含め、どんなに通訳を介してであっても、なるべく本人からの直接の反応を確かめながら診察をしたいのですが、全くその余地がありませんでした。こちらが聞くより先に、今までの患者の病歴から自分の仕事の都合、診察時間の希望まで一方的にすごい勢いで話し、とどまるところを知りません。

 方や患者本人はといえば、おびえた様子で息子さんのおしゃべりなどお構いなしにすすり泣いています。すすり泣く理由も含め、こちらは患者本人の状況を知りたいにもかかわらず、こちらの質問にも通訳もせずに勝手に答えられては把握できるものもできません。「患者さん本人に聞いているので、本人に聞いてもらえませんか」と言っても、「いや、どうせ答えられませんから」…。

 国際学会でインド出身の医師の「積極性」を前に、「彼ら/彼女らの質問とおしゃべりを止めるにはどうしたらいいのだろう」と揶揄するのを耳にすることがあります。パキスタンはインドではないにしても、あの辺り一帯の人々のおしゃべりの積極性には、中国語でまくし立てられるのとはまた違ったパワーがあります。何よりとどまるところを知らぬそのおしゃべりには、悠久の時間軸に生きているがゆえに違いないと自らを納得させるよりほかない「流れ」を感じます。とはいえ、こちらも限られた時間ですから、いつまでもドンブラコとインダス川やガンジス川を流されているわけにもいきません。その息子さんは患者ではないのです。何とか診察に持ち込んで、あわよくば息子さんには部屋の外へしばし撤収していただこうと画策し、それはうまくいったのですが…。

 診察室に私と患者の2人になったところで通訳マシンにご登場願ったのですが、問題はより根深いものであったことがここで判明するのです。

 いざ話してもらおうとしても、患者は話す言葉を見つけられなかったのです。自分の状況をどう説明していいか分からないため、こちらの質問、例えばどこがどのように痛いか痛くないか、それにすら自ら答えられませんでした。彼女の国の言葉に訳された質問であっても、ただひたすら「分からない」を繰り返すだけ。機械の“中の人”がどんなに分かりやすい(と思しき)説明を尽くしてくれても、ひたすら「分からない」「怖い」の繰り返し。ひょっとしたら、この患者の人生は、子どもの頃は父親または長兄の、大人になってからは夫の、老いては息子の「庇護下」にすべてが置かれ、自分のことや周りのことを自分で考え、言葉に表す機会が極端に少なかったのかもしれません。そんなことが頭をよぎったのは、オタワであった「名誉の殺人」により女性4人が被害に遭った殺人事件の話を耳にしたからでした。

著者プロフィール

内野三菜子

国立国際医療研究センター病院放射線治療科

1998年東京女子医大卒。東京医療センターにて外科研修医。聖マリアンナ医大放射線科、埼玉医大放射線腫瘍科を経て、2010年1月からトロント大学プリンセスマーガレット病院放射線腫瘍科。2013年7月から現職。趣味は、カナダ在住時に習い始めたカリヨン(カナダに11台しかない楽器)。

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