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医学教育で患者に対する共感力が低くなる?

2015/08/06
森誠

 2015年4月23日発行のNew England Journal of Medicine誌のPerspectiveというセクションに、医学生の指導教官によって書かれた医学教育システムについての興味深い記事がありました。

 医学部4年生が患者を問診している様子を見たこの教官は、患者の気持ちに配慮できないコミュニケーション能力の低さに「この学生は、いったいどうやって最終学年までたどり着いてしまったのか」と、このような学生を育ててしまった、また早期から問題を認識して改善処置を取れなかった、教育システムの欠陥を嘆いています[1]。

 “Typically, students enter medical school idealistic, eager to improve the human condition, and excited about becoming doctors. And then we do various things to change them…And students’ empathy diminishes.”

 入学時は理想に燃える医学生も、熾烈な教育課程を進んでいくうちに患者に対するempathyが薄れる、という文章です。自身の経験から思い当たる節もあって、ひときわ興味を引かれました。では、このempathyとは何のことでしょうか?

empathyを心がけ、sympathyは避けるべき
 empathyは、患者のケアに当たる医師の重要な能力・性質として、医学教育の早期から様々なかたちで強調されています。明確な定義についてはいまだ専門家の間でややこしい議論が活発なので割愛しますが、「共感」という訳が適切かと思います。医師が患者と同等の立場から共感して感情移入することを指します。ちなみに、類義語として使われがちなsympathy(同情)は、医師が上の立場から患者を見て同情することと解釈され、避けるべき態度とされています。

 このempathyは長らく研究の対象とされてきており、医療従事者のempathyを客観的に計測するための様々なツールが存在します。主流のツールの一つであるJefferson Scale of Empathyには、医師向け、医学生向け、医療系学生向けと多彩なバリエーションがあり、この分野の発展に貢献してきました。

 このツールを使って、4年間の医学教育を通した医学生のempathyの変化を計測した研究も多数あります。残念なことに、ほとんどの場合で、医学部入学時点と比べて卒業時にはempathyのスコアが全体的に低下しており、最も低下するのが病院実習の始まる3年目だったということです[2、3]。私自身の経験でも、思い当たる変化があったのは3年目でした。

3年目のempathyの低下はなぜ起こる?
 医学部3年目には学ぶことが多く、診断技術をはじめとする新しい知識の獲得だけでなく、病院という環境へ適応していくことも必要です。慣れない問診には時間がかかりますし、上級医へのプレゼンテーションを磨くための練習時間も必要です。

 業務量の急増に圧倒され、患者への気配りが大事だということは認識していても、そこにエネルギーを割けなくなっていきます。そして、empathyという自身でも評価しづらいことに関してはセルフチェックが手薄になります。問診の際、患者が世間話を始めたら軌道修正しなくてはと話を遮ったり、チームでのディスカッション中に患者を名前ではなく病名や病室番号で呼んだりすることも出てきます。

 私の場合、医学部3年生になって最初のローテーションでは神経科病棟に配属されました。州の税金が投入されて貧困層の無保険患者の診療をしている、オバマケア以前のセーフティーネットと呼ばれるタイプの病院でした。ここで、まずは病院で働くことの大変さを身を持って味わい、年下のナースには仕事が遅いと怒られ、病院での自分の“身分”を認識させられました。

 そのローテーション中に受け持った患者の一人は、視神経炎疑いで右目の視力が徐々に低下しているというトラック運転手の方でした。視力低下のため失業し、保険もありません。MRIで視神経の炎症は確認できたのですが、免疫グロブリン大量療法を含む一通りの治療の効果はいま一つ。神経眼科にコンサルトし、かなり幅広く検査もしましたが、原因は分かりません。最終的には、可能性はかなり低いものの、血漿交換が奏功する可能性も考えられました。

 しかし、免疫グロブリン大量療法が効かない、効いたとしても効果は低く持続もしない、さらにこの病院の運営資金が税金で賄われているという特性を考えると、これ以上の治療は難しいということに……。結局、その患者は原因不明の病を抱えたまま退院していきました。「医者になって病気を治したい」という理想に燃えながら医学部の2年間を過ごしてきた私が、病態生理と科学を超えた現実に打ちのめされた瞬間でした。

著者プロフィール

森 誠

エモリー大学医学部(在学中)

兵庫県神戸市生まれ。日本の中学校を卒業後、医師を志して15歳で単身渡米。エモリー大学(undergraduate)で化学と声楽を専攻し、エモリー大学医学部へ。現在は医学部卒業を控え、心臓外科研修プログラムへのマッチングの準備に奔走中。研究分野はフォンタン手術を主とした先天性心疾患。趣味は歌とスノーボード。黒いピットブルを飼っています。

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