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アメリカ留学なんて考えられなかった

2009/10/20
岩澤真紀子

 私がアメリカの臨床薬学(clinical pharmacy)について知ったのは、東京薬科大学の3年生のころでした。選択科目として取っていた「臨床薬学概論」という講義の特別授業で、南カリフォルニア大学(USC)の客員講師から、アメリカにおける薬学の歴史、薬剤師の役割、薬剤師教育の変遷と将来について話を聞く機会があったのです。

 「臨床薬学」とは、薬物治療の最適化・健康増進・病気の予防など、薬剤師が提供する患者ケアを扱う健康科学領域の学問の一つです。アメリカでは臨床薬学の発展に伴い、安全で正確な医薬品を提供する「調剤」主体の薬剤師の役割が、患者の治療結果とQOLを最大化するために患者の薬物治療に責任を持つ「患者ケア」にまで広がっていきました。この患者ケアにおける薬剤師の主な臨床活動には、患者に適切な薬剤の選択、医薬品情報の提供、治療効果・副作用のモニタリングなどがあります(薬剤師が行っている具体的な臨床活動については、また別の回で取り上げます)。

 今でこそ日本でも、病棟で患者教育や服薬指導をする薬剤師の姿がよく見られるようになりましたが、私が学生だった1990年ごろは薬剤師が患者のベッドサイドに行き始めて間もない時期で、その仕事内容について試行錯誤が続いている状態でした。

 一方、そのころのアメリカでは、一般的な薬物治療における患者ケアに加え、さらに癌治療や精神科などの専門領域の薬物治療にも責任を持てるよう、薬剤師の専門性をいかに広げていくかが議論されていました。日本の薬剤師業務が、そこからかなり遅れているという事実を知って、薬剤師を目指している学生としてはショックでした。

 しかし、英会話もできなかった当時の私には、アメリカ留学など思いも付かず、日本の薬剤師には可能性があることを信じて、まずは日本で臨床薬剤師になることを目指してみようと思ったのです。

日本の大学の薬学教育と現場とのギャップ
 私が東京薬科大学を卒業した当時、薬剤師が病棟活動を行なっていたのは規模の大きな病院が中心だったので、就職活動では大学病院を志望しました。

 就職先となった東邦大学医療センター大森病院は、薬剤師が既に病棟活動を始めていたほか、毎年研究テーマを決めて学会発表や雑誌投稿を行なうなど、調剤以外の活動にも積極的でした。

著者プロフィール

岩澤 真紀子

聖ジョセフ病院ソノマ郡薬剤部/米国薬物療法認定専門薬剤師(BCPS)

1995年東京薬科大学薬学部卒業後、99年まで東邦大学医療センター大森病院勤務。2006年南カリフォルニア大学大学院薬学部Pharm.D.課程修了。Harbor-UCLA医療センター(インターン)、カリフォルニア州立大学デイビス校附属医療センター(レジデント)勤務を経て、08年より現職。日本の薬学教育・薬剤師実務の水準向上に貢献することを目的に、海外で臨床教育を受けた日本人薬剤師のネットワーク「Pharm.D.クラブ(http://pharmd-club.cocolog-nifty.com)」を06年に結成。趣味は、ピアノ、ミュージカル・ジャズ鑑賞。

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