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夢見る乙女とパリ症候群

2010/03/02
佐野 潔

モンマルトルの丘に流れるコントラバスの調べ、アコーディオンの音色に誘われ、今日も淑女がパリ症候群に落ちていく…。

 アコーディオンの調べ、静かに流れるセーヌ川、そしてフランスパン片手に家路を急ぐパリジェンヌ。長い歴史を内包する街並の中で、家々の屋根の下で、様々な人生が繰り広げられていく――パリとはそんな街です。世界中の留学生が集い、ファッション、グルメ、そして芸術。パリは確かに夢を与えてくれます。パリ”the City of Lights”。

 数多くの来訪者たちは、凱旋門からコンコルド広場へと続くシャンゼリゼ通り、ルーブル、ノートルダム寺院、エッフェル塔、セーヌ川とシテ島、サンジェルマンのカフェを巡り、パリジャン/パリジェンヌの生活を垣間見つつ、誰もがその表層としての華やかさに魅了され、パリと束の間の恋に落ちます。

 そして、うたかたの恋を大切に胸にしまって(冥土の土産とする人も…)、エッファル塔やモンマルトルの絵ハガキと共に世界中に持ち帰るのです。その忘れ得ぬ光景はいつまでも脳裏に刻まれて、日常生活に戻った後も折に触れ、うつし世の夢、ファンタジーとして浮かび上がります。マスコミはそれを見事にデコレートし、さらに膨らませようとします。“入国料”を取ったらなら、そこはもうまるで御伽の世界・ディズニーランド――。

 「Wake up !」

 眼を覚ましましょう! パリ生活の実態が、本当にそんなものだとお思いですか? エキセントリックで自己耽美的なフランス人の中で生活していくのがいかに大変なことか、現代日本のイメージとしてテクノミュージックと漫画程度しか持たない国で、はるか極東の巨大な中国の、さらに向こうにある国から来た日本人が生活していくのにどれだけの苦労があるか、実際に住んでみれば遠からず骨身にしみて理解できるでしょう。

 英語も通じない国で、フランス語が不自由であることは、生活快適度の面では致命的です。例えば、店員の言うことが分からないと、商売っ気旺盛なパリッ子にとんでもなく高価な物を押し付けられます。地下鉄の切符売り場でも、街中の忙しいカフェでも、言葉が不自由なお客は皆無視されます。そして、日常生活においては、大臣も教授も医師も芸術家も社長も平社員も学生もホームレスも、等しく同じ扱いです。

 また、外国人であることの宿命でしょうが、「フランス人が自分たちを差別している」といった妄想・幻覚を抱いたり、パリに溶け込めない自分を責めたり…。これらは日本人によく見られることのようです。こういった環境でも強く生きていくだけの「自分」を持っていないと、パリという「華の都」で孤独を味わうことになるのです。

著者プロフィール

佐野 潔

パリ・アメリカン病院

1978年大学卒業後、横須賀米海軍病院、大阪八尾徳洲会病院を経て、83年に渡米。ミネソタ大学医学部地域家庭医療科にてレジデンシーを修了後、ミネソタの農村で15年間、開業医として家庭医療を提供。その後99年よりミシガン大学にファカルティーとして移り、日本人診療、学生・研修医の教育に従事する。2006年よりパリのアメリカン病院にて再び開業医として日本人・米国人を対象に家庭医療を提供している。

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