私は救急科と内科の両方を専門としている、アメリカでは数少ない医療者です。急患受け入れから入院治療、退院を経て外来につなぐまでの一連の医療の流れを自分の目で見届けることができる立場にあります。
前回の結びでは、「アメリカの医療費はなぜ高い?」という問題は何か一つの理由を挙げて説明できるようなものではなく、様々な原因が複合的に絡み合っていると述べました。今回は、私の立場から見て、その原因と考えられるものをいくつかひも解いてみたいと思います。
1.ビジネスの論理で動く保険会社と医療機関
よく言われることではありますが、アメリカの医療者の目から日本の医療を見て、最も驚かされるのは公的医療保険制度の手厚さです。世界最長寿を誇る日本での保険料の安さや無保険者の少なさはアメリカとは桁違いで、関係者に心からの敬意を払わずにはいられません。
一方のアメリカでは、メディケイド/メディケアという最低限の公的医療保険制度を除けば、基本的には民間企業(非営利組織を含む)が医療保険の多くの部分を担っています(※)。そのため、医療保険に対して「まさかの時に国民が国に助けてもらえる制度」といった印象はなく、自動車保険のように「たくさんの加入者の間でリスクを共有するシステム」といった位置付けです。
営利組織の保険会社としては、発病リスクの低い人をできるだけ多く加入させ、保険支払額をできるだけ抑えることで利益を上げようとします。程度の違いこそあれ、非営利組織の保険会社も同じようなビジネスモデルに則っています。組織を維持していくためには、加入者の発病によるコストを将来にわたって保障できる資本準備金が必要になるからです[1]。
例えば、医療費が高額となりそうな人については、保険会社が保険契約を拒んだり支払いを却下したりする場合もあります。このような人は、低所得にして公的保険を持つか無保険者になる以外に道がなくなり、予防を含めて医療サービスの提供を受けにくくなります。結果、重症化してアメリカの国民医療費を引き上げる要因となるわけです。こうして比較的健康な加入者を集めた保険会社は、「医療費の高さ」を盾に保険料を毎年引き上げています。医療費が高額なのは事実ですが、その中で保険会社は“いいとこ取り”をして利益を上げているようにも見えます。
「できるだけ医療費を抑える」という保険会社の経営姿勢は、確かに「無駄や浪費を防ぐ」という観点からは妥当なのかもしれません。しかし、現場の診療でしばしば足枷(あしかせ)になっていることも事実です。例えば、「患者が頭痛を訴えるので何か異常がないかMRIで調べてみよう」と思っても、保険会社からは「エビデンスに基づかないMRIの使用には、お支払いできません」という答えが返ってきます。保険会社にとって、MRIを1回「許可しない」ことで生じる“利益”(支出を抑えることによるコスト削減効果)は約2000ドル(ニューヨーク州平均)になるそうです[2]。
コストうんぬんを別にしても、「そんな理由でMRIを適用すべきではない」と考える医師もたくさんいます。しかし、同じような頭痛の患者をMRIで調べ続ければ深刻な問題が見つかることもあるし、何もないなら安心することができます。これを一律に無駄として切り捨ててしまうと、医療に直接的には無関係な保険会社が医師と患者の関係を壊すことにもなり、医師も自分が信じる医療を行うことができない場合があります。
※ アメリカの民間医療保険のシェアは、約61%を非営利組織の保険会社が占めている。営利組織の保険会社に比べて保険適用の範囲に違いがあり、患者満足度を比べると非営利組織の方が高いという報告がある[3]。