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祖母の死は果たして「運命」だったのだろうか…?

2011/04/25
大内啓

母校ジョージタウン大医学部の系列であるワシントンホスピタルセンター(ワシントンD.C.)にて。チームの一員として初めて臨床医療に加わったうれしさのあまり、同級生と写真を撮ってしまいました。

 前回で紹介した日本での研修よりも以前、私は医学部3年生のとき、患者の家族としての立場で日本の医療に接する機会がありました。この経験は、日本の医療を学んでみたいと思ったきっかけの一つになったかもしれません。

 少ない経験からではありますが、私が得た感触は、日本とアメリカの患者は医療に対しての見方が大きく違うということです。医療に期待するものも違えば、人の死に対しての考え方も少し異なるようです。

軽度の火傷から肺塞栓症で亡くなった祖母
 私の祖母は、祖父の大好物である揚げ物を作っているとき、油で両足に軽度の火傷を負って入院し、入院4日後に広範性の肺塞栓症(massive pulmonary embolism:massive PE)で亡くなりました。私が日本まで駆け付けたときには、既に播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)に陥っており、強心薬を止めると数分で心臓は脈を打たなくなりました。祖母は79歳でしたが、前の週も自分で車を運転してゴルフに出かけるほど元気だったので、想像もつかない突然の最期でした。

 病院の医師の方たちは、とても親身になって私や家族と共に最期を迎えてくださいました。家族は皆、あまり状況が理解できないまま、「寿命だったんだね、運命だね」と悲しんでいました。しかし、私の中では大きな疑問が残りました。なぜ、両足の火傷で歩くのが不自由なのに深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)の予防策を考えてもらえなかったのか? なぜ、事件の数日前まで突然の「息苦しさ」や「しんどさ」を訴えていたのにもかかわらず(カルテの看護師・医師の記録を後から拝見しました)、その訴えに対して大きな疾患の可能性を考えてもらえなかったのか?

 自らの臨床経験からも、「DVT/PEは判断が難しく、事故は起こり得るものだ」と認識しています。ただ、祖母の死が防ぎようのない「運命」であったとしても、カルテの記録の中で少しでも医師がDVTを考慮してくれていたことが分かれば、遺族として心は少し軽くなったと思います。これがアメリカで起こった出来事であれば、患者の家族によっては、巨額な賠償金を請求する訴訟に発展したでしょう。

医療訴訟を起こすのは「無念」の思い
 アメリカの医療者は医学生の頃から教えられていることですが、医師として訴訟を起こされることは当たり前で、人生で一度は経験せざるを得ないものと考えています。興味深いことに、今までの歴史的な医療訴訟を振り返ってみると、悪い結果が患者に訪れた場合に多額の賠償金を支払っているのは、必ずしも間違った医療を提供した医師ではありません。ほぼ共通している敗因は、「不注意」または“neglect”です。

著者プロフィール

大内 啓

North Shore - LIJ Health System 救急医学科・内科レジデント

大阪府生まれ。12歳で渡米し、2009年ジョージタウン大学医学部卒業。マンハッタン郊外のLong Island Jewish Medical Centerにて、救急医学科/内科の二重専門医認定(全米で年23人限定)を取得するレジデントとして勤務。医療の格差や効率性、提供方法に関心を持っている。趣味はランニング、お酒、息子と遊ぶこと。

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