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どうしてベトナムで働くの?

2011/02/04
寺川偉温

ホーチミンの数少ない観光名所の1つであるカテドラル。右手奥に見える商業ビルの1階の一角に、私の勤務するクリニックがあります。

 はじめまして。ベトナムのホーチミンにある外資系クリニックで内科医として勤務している寺川偉温(いおん)です。妻の瑠奈(るな)も同じクリニックで小児科医として勤務しています。連載タイトルの「シンチャオ、ニャッバン!」は、ベトナム語で「こんにちは、日本!」という意味です。

 ベトナム? 東南アジア? 何しているの? ボランティア?…。ベトナムと聞いただけで、いろいろな疑問が浮かんでくるかもしれませんが、基本的には外来中心のクリニックで、日本人を含む外国人の駐在員や旅行者、少し裕福なベトナム人を診察しています。当院の患者比率は、日本人が約15%、ベトナム人が約25%、そのほかの欧米人やアジア人が60~65%となっています。様々な人種の患者が訪れ、様々な言語が飛び交っている光景は物珍しいかもしれませんが、日本のクリニックと同等もしくはそれ以上の環境と設備を誇るクリニックです。

レールを外れて海外へ
 2009年4月、スコールが上がった後の蒸し暑いホーチミン――。私と妻と1歳半の長男はタンソンニャット空港に降り立ちました。今でもよく質問されますが、日本を旅立つ前、多くの人から「なぜベトナムに行くの?」と聞かれました。そのたびに、「将来NGOに参加するのに(まだそう決めているわけではないですが)、海外での勤務経験があると違うから」とか、「アジアが好きだから」とか、「医療の進んでいない地域で医療をしてみたいから」とか、いろいろと言葉は出てきましたが、自分でもしっくりこない答えだったと思います。

 どれも決してウソではなかったのですが、一番大きな理由はやはり「日本を飛び出したい」という単純な願望だったと思います。内科医として7~8年働き、ほとんどの診療を自分でできるようになって自信も付きました。しかし、「じゃあ、将来いったい何をやりたい?」「どんな医師像を目指す?」と自問したとき、はっきりとした答えは出てきません。立派な内科医になって開業したいのか、研究で成果を挙げて有名になりたいのか、そういった将来をイメージしても、ちっとも夢は膨らんできませんでした。

 もちろん、医師であることには誇りを持っているし、人の役に立っているという実感もあります。でも、漫然と仕事を続けていき、規定路線で何となく大学で研究して、うまくいったらちょっと海外に留学して……というのはつまらない。自分の人生というものを考えると、まだ親は元気で子どもは小さく、冒険するなら今しかないというタイミングでした。とにかく1歩踏み外して海外に出てみたい、それが本当の理由だったと思います。

著者プロフィール

寺川 偉温

ファミリー・メディカル・プラクティス・ホーチミン内科医

2002年、浜松医科大学医学部を卒業し、同第一内科入局。聖隷三方原病院で内科研修後、焼津市立総合病院で消化器内科として勤務。2009年より現職。「週末はもっぱら子どもと遊んでいます。毎日暑いのに海が近くにないのが、ホーチミンの難点です」


寺川 瑠奈

ファミリー・メディカル・プラクティス・ホーチミン小児科医

2003年、浜松医科大学を卒業し、同小児科入局。浜松医科大学医学部附属病院小児科、NICUを経て、社会保険浜松病院、榛原総合病院、焼津市立総合病院で小児科医として勤務。2009年より現職。第2子はベトナムで出産。好きなことは、旅行、散策、ヨガ、買い物、読書、子どもと遊ぶこと。「特に、甘いベトナムコーヒーはやめられません」

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