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「経験人数?数え切れないわ」と答える10代患者

2012/05/15
宮入烈

 1年ほど前のことになりますが、車上荒らしに遭いました。助手席側の窓ガラスは割れ、足元に置いてあったかばんは消えていました。失ったものは聴診器にカメラ、パスポート…。帰国を1週間後に控えた身には痛すぎました。

 でも、ここはダウンタウン。現場に到着した警官や後日に話をした同僚からは、ちょっとは同情してくれましたが、すぐに「お前、車にそんな大事な物を置いておくなんて、何年ここに住んでいるんだよ」と言われる始末。「大丈夫、そのうち1ブロック先の質屋で全部買い戻せるから」と笑いのネタにされてしまいました。

神経梅毒の原因が判らずじまいだった13歳の女の子
 エルヴィス・プレスリーやBBQで知られるテネシー州メンフィスは、私にとって心の故郷です。8年を過ごし、友達もたくさんいます。ただ、不名誉なことに凶悪犯罪で毎年上位にランクインする街でもあります。そこには貧困という切実な問題がベースにあって、残念ながら、強盗、強姦、殺人、売春の類は珍しくありません。

 「おらが町」の名誉のために付け加えておくと、メンフィス市内でも治安の悪い場所は限られていて、普通は日常生活で危険な目に遭うことはありません。平均所得が全米平均の倍を上回るベッドタウンも近隣には存在します。ここは、サザンホスピタリティあふれる「よきアメリカ」の一部であって、私のようなヘマをしなければ基本的には大丈夫なのです。

 とはいえ、「ある高校で1年の間に女子生徒90人が妊娠した」というニュースがお茶の間をにぎわせたのは当地の話でした。このニュースは一時的なはやりの現象ではなくて、この地域におけるティーンエージャーの妊娠率の高さが背景になっています。

 私たち小児科医の診療にも、こういった負の連鎖は様々なところで影を落としています。例えば、この街の先天性梅毒患者の数は全米で毎年上位にランクインしています。HIV陽性のお母さんから生まれた子どものフォローアップ外来は、患者であふれています。つまり、母体感染症のスクリーニング結果を産科医や小児科医が逐一確認しないと、重要な母子感染を見逃す危険性が高いのです。実際のところは、予防策のおかげでHIVの母子感染はまれですが、それでも年に1例程度、不幸にしてカリニ肺炎や繰り返す肺炎球菌感染症でAIDSを発症する子どもがいます。

 以前、次のような患者さんがいました。13歳の女の子で生来健康でしたが、2週間前から歩くのが遅くなったことに保護者である祖母が気づきました。歩くのが遅いために学校帰りのスクールバスに乗り遅れてしまい、おばあさんが学校まで迎えに行かなければならなかったということが数回あったそうです。また、もともと成績はよい方ではなかったのですが、ボーッとしていることが多くなって学校から呼び出しを受けたとか、ちょっと気になることが続いたようです。そして、ついにろれつが回らなくなり、これは大変ということで入院となりました。

 様々な中枢神経系疾患が疑われましたが、検査の結果、頭部CTで基底核の石灰化が認められ、髄液細胞の軽度上昇もあり、感染症科にコンサルトが回ってきました。結局のところ、血液も髄液も梅毒反応陽性で、神経梅毒と診断されました。この子の母親はずっと刑務所暮らしだそうで、詳しい病歴が得られませんでしたが、資料をあさった結果、周産期のスクリーニングで梅毒血清反応陽性であったことが判明しました。この子自身が治療を受けたことはなかったようです。

 また、一緒に暮らしていたおばあさんのボーイフレンドが家に出入りしていることも明らかになり、性的虐待も懸念されました。ただ、この子からの事情聴取もままならず、虐待による感染なのか先天性梅毒なのかは分からずじまいでした。

著者プロフィール

宮入 烈

テネシー大学小児科・分子生物学教室アシスタント・プロフェッサー

1995年慶應義塾大学医学部卒業。同医学部小児科入局後、2000年にニューヨークロングアイランド大学病院で小児科研修後、2003年からセントジュード小児病院・レボーナー小児病院の小児感染症フェローシッププログラム。2007年より現職。小児感染症の臨床業務に携わりながら、主任研究員として感染症の病態生理を研究。休日は、日本語補習校で小学校6年生に国語と算数を教えている。

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