
部屋を片付けていて発掘した、筆者が子どもの頃の母子手帳です。
先日、部屋の掃除をしていたら、私の母子手帳が出てきました。昭和44年に発行された年代もので、黄ばんだ表紙にはお母さんが子どもを抱いている絵が描いてあります。予防接種の欄には「種痘」「ポリオ」「ジフテリア・百日咳」「BCG」「日本脳炎」「破傷風」と、計7種類の病原体に対するワクチンの記載があります。脇にある「その他」の項目には、「みずぼうそう3歳」「麻疹4歳」「風疹5歳」「おたふく6歳」と母親の字で書かれています。私の各ウイルスに対する抗体価が陽性であることは最近確認しているので、どうやら母親の記録に間違いはないようです。
この話をアメリカの学生にしたら、「えっ、種痘! 先生って一昔前の人だったんですね」と笑われ、おまけに「そんな恐ろしい伝染病に次々とかかって、よくぞここまで生き長らえましたねえ」と感心されてしまいました。なんだか一気に歳を取った気分です。
12歳のわが娘の予防接種調査票も見てみました。毎年打っているインフルエンザワクチンを含めると、日米で17種の病原体に対する通算39本のワクチンの記載があります。アメリカで受けたもののほとんどは同時接種です。
2000年に渡米したときに初めて受診した小児科の外来で、看護師さんにインフルエンザ桿菌b型(Hib)ワクチン、B型肝炎ワクチン、不活化ポリオワクチン(IPV)、麻疹・流行性耳下腺炎・風疹の新3種混合ワクチン(MMR)を大腿四頭筋外側部の筋肉にズブリ(×4)と打たれたわが娘を見るのは、予期はしていたものの、結構な衝撃。私にとって、アメリカの予防接種の現場との最初の遭遇でした。その後に生まれた長男や次女も同じようにワクチンを受けてきて、幸いにも、わが家におけるワクチン予防可能疾患の発生率はゼロです。
ワクチンの力が診療スタイルも変えた
私がアメリカで診療してきた11年間で、風疹や麻疹の患者にお目にかかる機会はついぞありませんでした。さすがに水痘は数例診断しましたが、2回接種が一般化してからは、免疫不全患者の帯状疱疹を時折診断する程度になりました。したがって、病棟で水痘接触騒動が起こることもほとんどありませんでした。
日本でも近年、細菌に対するワクチンが導入されましたが、既にアメリカではその絶大な効果を実感できるところまで普及しています。非ワクチン血清型の重症肺炎球菌感染症はいまだに診ますが、インフルエンザ桿菌b型(Hib)感染症に関しては、これまた経験ゼロです。b型以外の珍しいインフルエンザ桿菌による重症感染症が年間数例ある中でも、b型はゼロなので、接種後のブレイクスルーは極めてまれと言えるでしょう。
疫学がガラリと変わると、一般小児科の診療スタイルも変わります。私が渡米した2000年当初は、1994年に発表されたフォーカス(感染巣)不明の発熱患者用のガイドラインに則った診療方針がまだ幅を利かせていました。このガイドラインの趣旨は、「フォーカス不明の発熱患者は、5~10%の確率でインフルエンザ桿菌か肺炎球菌の菌血症を呈する。その菌血症は重症感染症の前駆状態であるため、血液培養の検体を採取した上でセフトリアキソンを投与することで、早期治療が可能である」というものでした。1990年代以前のデータやボストン小児病院のゲイリー・フライシャーらが行った臨床試験が基となっています。