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アウトブレイクに対抗する、血の通った地域医療ネットワーク

2011/03/07
宮入烈

 2009年10月5日、アメリカでH1N1インフルエンザ新型インフルエンザ)ワクチンの供給が始まりました。その第1号は、私の勤めるテネシー州メンフィスのレボーナー小児病院が舞台となりました(このときの様子が動画で記録されています)。

 ニューヨークでもロサンゼルスでもない片田舎の小児病院からワクチン導入が始まったのは、アメリカ疾病予防管理センターCDC)の気まぐれではありません。地域の感染症流行状況を把握した上で官民の足並みをそろえるために奔走した、当院の小児感染症医(私のボス)あってのことでした。

地元テレビ局を招き、新型インフルの緊急会見
 当地域では、2009年春に起こったH1N1インフルエンザの第1波を経験することなく、5月末に夏休みに突入しました。夏休み中は、H1N1感染症は散発したものの目立った活動はなく、8月初めに学校が始まると(そうです。2カ月半も夏休みがあるのです)、ほどなくして第1波と2波が重なったかのごとく一気に流行し始めました。

 救急外来には連日400人もの患者が押し寄せ、インフルエンザ関連の入院患者も増加して一時は100人を超えました。1週間に7例の患者が小児ICUに入院することになり、不幸にして1人は市中感染型MRSAによる肺炎と敗血症を合併して劇症の経過をたどり、亡くなってしまいました。

 死亡例が出たことで地域住民の不安は一気に高まり、病院は大挙する外来・入院患者で機能不全に陥るおそれが出てきました。発生以来、この地域におけるインフルエンザの発生状況や臨床的な特徴をモニタリングしていたわれわれは、地元のテレビ局を招いて緊急会見を行い、自施設のデータを元に地域住民や医療関係者へいくつかのメッセージを送りました。

 「新型インフルエンザに感染する母集団が大きいため、重症患者の絶対数は増えますが、病原性が取り立てて高いわけではありません」「三次医療機関では重症例の対応を優先します。軽症例の受診には数時間の待ち時間が予想され、むしろ待合室で感染してしまうリスクの方が高いため、かかりつけの医療機関を受診してください」「ワクチンができ次第、接種を行います」「事態は流動的ですが、当院では地域の流行状況を把握しており、柔軟に対応をしていく予定です」…。

 この会見に先立ち、われわれは地元の開業医を含めた医療従事者との話し合いの場を設け、これらのメッセージについて一定のコンセンサスを得ていました。また、この時点で感染症科として把握している事実として、次のような話もしました。「当院で行っているインフルエンザのPCR検査から、従来の新型インフルエンザ抗原検査では新型に対する感度が低い(40%程度)ことが分かっているため、従来の検査は推奨しません」「抗インフルエンザ薬の使用に関しては、未知の部分が多いため、個々の対応にお任せします」「最重症例は細菌による二次感染を起こしていることが多いため、フォローが重要です」…。

 会見には、特に影響力の強い地元開業医グループの代表を数人呼び、最前線で診療に当たる医師からの目線で、地域住民へ向けて直接訴えてもらいました。

 同時に、保健所と地域の学校も巻き込み、「ワクチンの供給があり次第、無料で地元の学校の生徒に接種する」という方針が立てられました。CDCが出した指針と大差はないものの、地元のデータに裏付けられた確かさのある情報は、それなりの説得力があったようです。

著者プロフィール

宮入 烈

テネシー大学小児科・分子生物学教室アシスタント・プロフェッサー

1995年慶應義塾大学医学部卒業。同医学部小児科入局後、2000年にニューヨークロングアイランド大学病院で小児科研修後、2003年からセントジュード小児病院・レボーナー小児病院の小児感染症フェローシッププログラム。2007年より現職。小児感染症の臨床業務に携わりながら、主任研究員として感染症の病態生理を研究。休日は、日本語補習校で小学校6年生に国語と算数を教えている。

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