"No child shall die in the dawn of their life."(年端のいかぬ子どもが死んでいくことなど許されない)
1962年、俳優のダニー・トーマスはこの崇高な理念を掲げ、小児期の悲惨な疾患の治療と研究を専門とするセントジュード小児病院を創設しました。当時、小児白血病の生存率は4%で、まさに死の宣告にも等しい疾患でした。そこで彼は、世界中のエキスパートを集め、臨床・研究の総力を挙げて治療に当たり、患者には無料で医療を提供するという、まさに絵空事としか思えないような構想に基づいて病院を作ったのです。
今に至るまで、セントジュードは「何人たりとも、お金や信条を理由に治療を拒むことはない」という原則を貫き、最高の医療を提供し続けています。果たして、このような構想はどうやって実現できているのでしょうか?
芸能人やスポーツ選手などの大口篤志家を募り、つなぎとめる戦略
セントジュードの1日当たりの運営費は約150万ドル(1億円超)ですが、患者や家族の金銭的な負担は原則としてゼロです。セントジュードの資金調達・運用機関であるAmerican Lebanese Syrian Associated Charities(ALSAC)が、このご時世でもなお、1年間で6億8900万ドル(2009年)の莫大な資金を生み出しているからです。ALSACのDonor Care Divisionという部門は、全予算の13%の投入を受け、マーケティング、市場分析、ドナーのケア、効率化を通して最大の収益を上げることを目標に、徹底した戦略に則り資金調達に専従しています。
とある日の午後、私がセントジュードの病棟で回診をしているとき、周囲の看護師たちの表情が一変したのに気付きました。なんと、熱いまなざしが私のほうに注がれているではないですか。「ついに俺の時代か!」と幸せな気分になったのもつかの間、尋常でないオーラを背後に感じて振り返ると、そこには「JT」ことジャスティン・ティンバーレイクが小児の患者と楽しそうに談笑していました。ポップスグループ*NSYNC(イン・シンク)のリードボーカルにして、ブリトニー・スピアーズの元恋人。スーパーボウルのハーフタイムショーにおけるジャネット・ジャクソンのおっぱいポロリ事件でも騒がれた超有名人です。
彼のようにセントジュードを支援する芸能人やスポーツ選手はたくさんいます。女優のジェニファー・アニストンや、あのタイガー・ウッズもやって来ます。これは施設をアピールするセントジュードの戦略でもありますが、患者やスターたちにとっても有益な共存関係になっています。芸能人やスポーツ選手を含む8000人以上からなる大口の個人篤志家に対しては、個別のフォロー、事業報告会、電話報告など、彼らの善意が患者に直接利益をもたらしているという実感を与えるための営業努力がなされています。
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著者プロフィール
宮入 烈
テネシー大学小児科・分子生物学教室アシスタント・プロフェッサー
1995年慶應義塾大学医学部卒業。同医学部小児科入局後、2000年にニューヨークロングアイランド大学病院で小児科研修後、2003年からセントジュード小児病院・レボーナー小児病院の小児感染症フェローシッププログラム。2007年より現職。小児感染症の臨床業務に携わりながら、主任研究員として感染症の病態生理を研究。休日は、日本語補習校で小学校6年生に国語と算数を教えている。

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