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一流の感染症プログラムの条件とは?

2010/10/07
宮入烈

 自己実現した人のアドバイスは、得てして単純明快なものです。2002年、私は小児感染症専門教育過程(フェローシップ)の採用面接のため、全米各地を回っていました。その中で、セントジュード小児病院感染症科のトップであるトマネン先生が私に言い放った一言は鮮烈でした。「将来、日本に帰ろうがアメリカにとどまろうが、一流の専門医になりたいのだったら、(うちのような)超一流の施設で研修して結果を出すこと。それ以外は二流よ!」

 医学者としての実績もさることながら、7カ国語を操り、学生時代はバスケットボールの有名選手で身長は180cmを超え、おまけに美人である彼女の一言は、説得力十分でした。

感染症は制圧された?
 それから8年、私はフェローシップを経て、アメリカの小児病院で感染症科のスタッフとして臨床・研究・教育に携わってきました。今では、帰国して日本で小児感染症のプログラムを立ち上げることが目標となり、「世界に通用するプログラムの条件とは何か?」「結果を出すとはどういうことか?」、そんなことを考えるようになりました。

 感染症は、医師なら誰でも診ることになる疾患ですし、抗菌薬を何となく使っていてもほとんどの患者は良くなるので、専門性が見えにくい分野です。1967年の時点で、連邦政府公衆衛生学のトップに当たる軍医総監(Surgeon General)であったウィリアム・スチュアートにしても、各種抗菌薬やワクチンの開発を受けて“It’s time to close the book on Infectious Diseases.”(「もはや感染症は制圧され、学ぶべきことはない」)といった趣旨の発言をしたと言われています。

 しかしその後、エイズ渦、バイオテロ、SARS、新型インフルエンザ、多剤耐性菌の出現など、誰にでも分かりやすい形で感染症医の専門性を認識できる出来事が次々と起こり、彼の“制圧宣言”が時期尚早、あるいは全くの的外れであることが証明されました。

 このような新興・再興感染症や院内感染への対応という、ある意味でマスコミ受けするネタによって感染症医の仕事は大きくクローズアップされました。しかし、良い治療法のない感染症や最適でない治療法の犠牲になる子どもたちが大勢いるという事実は、“制圧宣言”の当時から今に至るまで、一般の話題に上ることはほとんどありません。

著者プロフィール

宮入 烈

テネシー大学小児科・分子生物学教室アシスタント・プロフェッサー

1995年慶應義塾大学医学部卒業。同医学部小児科入局後、2000年にニューヨークロングアイランド大学病院で小児科研修後、2003年からセントジュード小児病院・レボーナー小児病院の小児感染症フェローシッププログラム。2007年より現職。小児感染症の臨床業務に携わりながら、主任研究員として感染症の病態生理を研究。休日は、日本語補習校で小学校6年生に国語と算数を教えている。

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