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1分で「共感される物語」を話すには

2014/06/26
市瀬 史

 国際化の必要性が言われて久しくなります。日本では、2011年から小学校で英語(「外国語活動」)が必修化され、いくつかの企業では社内公用語を英語にしたと聞きます。毎年のように日本の大学の国際ランキングが発表され、マスコミはそれを大々的に取り上げています。日本経済新聞の「未来面」でも「新しい日本人をつくる。」という通年テーマで、日本の代表的な大企業の経営者の提言を毎週取り上げています。要点は、「世界に誇れる人材大国を作ろう」ということのようです。

 このような動きは過去20年ほどの間に大きく加速してきたように感じます。ちょうどそれはインターネットが急速に普及してきた時期と重なるようです。インターネットのおかげでバーチャルな世界の融合の方が早く進んだせいもあって、現実社会の日本がそれに追い付こうとしているかのようにも見えます。

「物語」がないコミュニケーションはすぐに忘れられる
 どんなにソーシャルネットワークによるコミュニケーションが広がっても、人と人との交流の基本は言葉による会話です。むしろ、そういうテクノロジーが進めば進むほど、一対一の会話の重要性は増すように思えます。その意味で、世界を相手に仕事をしていく上で、英語が自由に操れることはやはり便利ですし、現在の国際社会では必要と言ってもいいかもしれません。では、どうすれば本当の英語での会話力を付けることができるでしょうか。

 私は小学生の頃から兄の影響で英語の歌が好きで、ビートルズやクイーンを聞いて育ちました。ポール・マッカートニーやフレディー・マーキュリーが歌っている歌詞の意味が知りたくて、兄の英和辞書を借りて調べたのを覚えています。そのせいか、英語の勉強も好きになり、中学生の頃には英語のペーパーバックでSF小説を読んでいました。たまたま、中学校と高校で、かつて米軍基地で働いていたという素晴らしい英語教師に出会ったことがさらに幸いして、大学受験の頃には英語は得意科目になっていました。

 大学では特に英語を勉強した記憶はありませんが、暇に任せて英語で書かれたスパイ小説やSF小説をペーパーバックで読みあさりました。外国の映画も好きで、よく一人で映画を見に行きました。なぜか医学の教科書を英語で読んだ記憶はないのが不思議ですが、今ではアメリカの大学で医学の教科書を英語で書く立場になっています。“つまらない”教科書を読まなかったことで、英語が好きなままでいられたことが幸いしたのかもしれません。

 もっとも、英語が好きになって、どんなに英語の読み書きができるようになっても、外国人に英語で自分の言いたいことを伝えるのは簡単ではありません。さらに難しいのは、大勢の外国人を前に英語で魅力的な話をすることです。いずれの場合も、英語が言語として使えるだけでは不十分で、限られた時間内に人に共感される自分だけの「物語」を伝える能力、いわば「物語力」が必要になります。しかも、これは何も英語に限ったことではありません。日本語で話す場合も同じです。

 なぜ「物語」なのか。理由は簡単で、物語には人を魅了する力があるからです。人は物語に共感し、感動します。箇条書きのような事実の羅列には、人に深い印象を残す力はありません。どんなに重要な内容でも、共感しなければ、人は理解したとしても、すぐに忘れてしまいます。すぐに忘れられてしまったら、そのコミュニケーションは失敗です。伝えたいことが伝えられないことになります。

 したがって、自分が伝えたい内容を、人に共感されるような物語に作り直す必要があるのです。物語といっても、なにも小説になるような長大な話をしろと言っているわけではありません。例えば、無味乾燥になりがちな自己紹介でも、事実の羅列のようなものに物語性を持たせることで、印象深い自己紹介ができます。

 「私の名前は市瀬史です。ハーバード大学医学部の教授で、マサチューセッツ総合病院の麻酔科医です。一酸化窒素や硫化水素を使った臓器保護の研究をしています」

 「私はハーバード大学の市瀬史です。マサチューセッツ総合病院で麻酔科医をやりながら、人工冬眠の研究をしています。リスの冬眠にヒントを得て、冬眠のメカニズムを臓器保護に応用する方法を開発中です」


 どちらが印象に残りやすく、共感しやすいかは明らかだと思います。

「物語」を語る訓練―アメリカでは初等教育から注力
 では、どうしたらいろいろな場面で物語を語る力を付けることができるでしょうか。一朝一夕には無理ですが、方法はあります。

著者プロフィール

市瀬 史

ハーバード大学医学部教授
/マサチューセッツ総合病院麻酔集中治療科・麻酔医

1988年、東京大学医学部卒業。1990年マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント、同フェロー。1995年、帰国して帝京大学医学部附属市原病院麻酔科講師。1998年に再渡米してハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院麻酔科アシスタント・プロフェッサーを経て、2014年1月より現職。専門分野は心臓麻酔、心筋細胞の生理学、一酸化窒素や硫化水素による細胞保護、敗血症と心肺蘇生の分子生物学、人工冬眠の研究。趣味はスキー・テニス・ゴルフ・読書・映画鑑賞。レオナルド・ディカプリオと「The Departed」で共演しました(エキストラですが)。

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