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96歳までバリバリ現役の秘密

2010/02/02
市瀬 史

 昨年、マサチューセッツ総合病院(MGH)で私のオフィスの隣にいた、ある医師が亡くなりました。彼の名前はポール・ザメスニックPaul C.Zamecnik)。96歳で現役の研究者でした。亡くなる2~3週間前にオフィスの前で立ち話をしたのですが、そのときも背筋を真っすぐに伸ばして颯爽としていらしたので、亡くなったことが今でも信じられません。ご冥福をお祈りしたいと思います。

超人的なザメスニック先生の功績
 皆さんは、ザメスニック先生の名前を聞いたことがあるでしょうか? 名前は知らなかったとしても、彼の業績は生物学の教科書に必ず載っています。ザメスニック先生は1958年にマーロン・ホグランドと共に転移リボ核酸(transfer RNA;tRNA)を発見した医学者です。tRNAとは、タンパク質の合成器官であるリボソームにアミノ酸を運搬する働きを持った分子のことです。それまで、タンパク質がどのように合成されるかということは、完全には解明されていませんでした。つまり、tRNAの発見は、まさに画期的なものだったのです。

 ザメスニック先生はまた、1978年にアンチセンス・テクノロジーを発明した人物としても知られています。これは、人工的に合成した短いデオキシリボ核酸(DNA)を使って、そのDNAの配列と相補的な配列を持つ特定の遺伝子(RNA)の働きを止めるという技術です。少しでも分子生物学をかじった方ならお分かりでしょうが、この技術は現在でも広く使われており、これを用いてエイズや癌を治そうとする臨床研究が世界各地で行なわれています。

 これらすべての仕事の基礎となっているのは、1978年にザメスニック先生が「Proceedings of National Academy of Science(PNAS)」に発表した学術論文(Inhibition of Rous sarcoma virus replication and cell transformation by a specific oligodeoxynucleotide.)で、現在に至るまで900回以上も他の学術論文に引用されているそうです。ザメスニック先生は、ラスカー賞(昨年は、iPS細胞の研究で山中伸弥先生が受賞し、話題になりましたね)を初めとして数多くの賞を受けており、まさに医学・生物科学の歴史に大きな足跡を残した巨人でした。

 驚くべきことに、ザメスニック先生は96歳で亡くなるまで、NIH(National Institutes of Health:国立衛生研究所)グラントのR01(independent research project grants)という巨額の研究費(詳細は「研究留学ネット」の「NIHグラントのしくみ」をご参照ください)を獲得し続けていました。

 R01は4~5年ごとに更新されるのですが、そのたびにシングルスペース(行間が1行)25ページに及ぶ実験計画書を提出する必要があり、しかも審査は非常に厳しいものです。この実験計画書の作成には、大変な体力と集中力を必要とします。私の場合、一つの実験計画書を書き上げるのに、まさに寝食を忘れて数週間は没頭し、たいていは体調を崩します。その上、競争率は年々上がっており、最近は10%前後の計画にしかグラントが出ません。そう考えると、96歳までR01を維持した(最高齢記録かもしれません)ザメスニック先生は、超人的としか言いようがありません。

「お隣さん」になったザメスニック先生
 ザメスニック先生とは、私が2年ほど前に現在のオフィスに引っ越して以来のお付き合いでした。ご高齢であるにもかかわらず、週末も含めて毎日のように娘さんと通勤していらして、精力的に研究活動をされている様子がうかがえました。専門分野が違うため、あまり仕事の話にはなりませんでしたが、オフィスが隣で同じ細胞培養室を使っていた関係上、毎日のように顔を合わせて立ち話をしていたのです。

著者プロフィール

市瀬 史

ハーバード大学医学部教授
/マサチューセッツ総合病院麻酔集中治療科・麻酔医

1988年、東京大学医学部卒業。1990年マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント、同フェロー。1995年、帰国して帝京大学医学部附属市原病院麻酔科講師。1998年に再渡米してハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院麻酔科アシスタント・プロフェッサーを経て、2014年1月より現職。専門分野は心臓麻酔、心筋細胞の生理学、一酸化窒素や硫化水素による細胞保護、敗血症と心肺蘇生の分子生物学、人工冬眠の研究。趣味はスキー・テニス・ゴルフ・読書・映画鑑賞。レオナルド・ディカプリオと「The Departed」で共演しました(エキストラですが)。

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