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麻酔をかける看護師に憧れた高校2年の秋

2011/05/24
エクランド 源 稚子

尊敬するご夫妻と、ハイチでの一枚。当時、筆者は25歳くらい、ご夫妻は75歳くらいでした。

 午後のNICUは静かで、穏やかな表情の両親たちが、保育器の中のわが子をだっこしたり、退院を間近に控えた家族がナースからベビーCPRの講習を受けたりしていました。その日の回診を終えた私は、その夜の当直を担当する医師と一緒にぐるっとNICU内を回りながら、自分の診た10人ほどの児の報告をしました。

 「この患児は今朝から無呼吸の頻度が増えています。ABG(動脈血液ガス分析)の結果はあまり変わっていませんが、酸素必要濃度が多少上昇しました。今朝のCBC(全血算)で若干のleft sift が見られ、CRP値が確実に上昇していますので、 すぐに抗菌薬を処方しました。これから腰椎穿刺を行う予定です」。

 ざっと報告が終わると、感染の疑いのある児の両親に電話で状況を説明してから、腰椎穿刺を行うためにベッドサイドのナースに補助と準備をお願いしました。無事に腰椎穿刺を終え、4本の試験管チューブに入ったCSF(脳脊髄液)をナースに託すと、次は中心静脈カテーテルの挿入を必要としている児のために準備を始めます。

 これは、ある日の午後における私の仕事の一場面です。現在、私は新生児ナース・プラクティショナー(nurse practitioner;NP)として、アメリカはテネシー州ナッシュビルで新生児集中治療に携わっています。1987年に日本を離れたとき、「将来は新生児NPになりたい」などとは決して思っていませんでした。そんな職業の存在自体、知らなかったのです。

高校2年生で聴いた講演の刺激
 私が医療という世界に初めて引き込まれ、アメリカで看護を学ぶという方向に傾いたのは、高校2年の秋、あるアメリカ人外科医の家族の講演を日本で聴いたことがきっかけだったかもしれません。

 その外科医と奥様は、チームとして海外の医療活動に長年取り組まれている方々でした。また、その娘さんはファミリー・ナース・プラクティショナーと助産師の資格をお持ちで、ご両親とは独立して全く別の国で医療活動に励んでおられました。まさに、全員で世界を飛び回っているような家族でした。講演では、 ご家族がアフリカ諸国、南アメリカ諸国、フィリピン、ミクロネシア諸国などで医療活動を行っている様子が、たくさんのスライド写真で紹介され、私はビビッドな刺激を受けたものです。

著者プロフィール

エクランド源稚子

ペディアトリックス・メディカル・グループ新生児専門NP/
ヴァンダービルト大学看護大学院新生児NP講座クリニカルインストラクター(非常勤)

1987年渡米。91年ボブ・ジョーンズ大学で看護学学士取得。グリーンビル・メモリアル・ホスピタル、セント・トーマス病院、ジョンズ・ホプキンス大学附属病院、ヴァンダービルト・メディカルセンターなどで、ER、CCU、移植外科ICU、NICU勤務の後、ヴァンダービルト大学看護大学院で学ぶ。2002年新生児NP資格取得。「成田から飛び出して、そのまま24年。精神的には着地するゆとりもないような人生でしたが、これまでの航跡すべてがギフトだと思っています」

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