日経メディカルのロゴ画像

End of Lifeの様々なかたち

2012/02/15
堀籠晶子

end of lifeを飾る一輪のバラは、どこまでも美しくて…。

 かつて私が勤務していたドイツの内科病棟でend of lifeを迎えることになった患者たちにまつわるエピソードで、思い出に深く残っているものをお話ししたいと思います。

 長く厳しいドイツの冬。病院は毎年、状態の悪い患者であふれ返ります。そのような中、重篤な肺炎で入院中の患者がいました。70歳代の彼は数年前に脳梗塞を患って以来、寝たきりの状態とのことで、ほかにも多くの病気を抱えており、予後は非常に悪いものでした。

ø CPRのご遺体の胸に手向けられた一輪のバラ

 家族との話し合いの結果、積極的な延命治療は行わないことになりました。カルテには「心肺蘇生術は施さない」という意味で“ø CPR”(keine cardiopulmonale Reanimation/カイネ ツェー・ペー・エル)と記載。呼吸苦からモルヒネ持続投与が開始されました。もう会話ができる状態ではなく、“präfinal”(プレフィナール:死亡直前期)でした。奥様が毎日のようにお見舞いにやって来ては、ベッドサイドで手を握っておられました。

 ある日、私は週末勤務で、救急外来やICU病棟を含めた内科業務全般を1人でこなさなくてはなりませんでした。そのお昼ごろ、病棟から「患者さんが亡くなったので診てほしい」との連絡が…。“ø CPR”のその患者でした。

 病室に入ると、やはり奥様はベッドサイドで彼の手を握っておられました。患者より少し若く60歳代と思われる奥様は、とても穏やかな雰囲気をお持ちでした。それでいて、毎日を丁寧かつ一生懸命に生きている人が身にまとう「揺るぎない強さ」のようなものも感じ取れました。死亡を確認した私がそのことを奥様に告げると、奥様は彼の頭を優しくなでて、“Ich liebe dich”(I love you)とささやき、心を込めておでこにキスをされました。

 その姿を見た瞬間、私は何とも言えない罪悪感でいっぱいになりました。正直なところ、私は忙しい業務にかまけて、この患者を“präfinal”と「カテゴリー化」していました。しかし、奥様の全身全霊を込めた愛情表現を目の当たりにして、彼が「愛され続けた存在」だったことを初めて心から理解したのでした。この方は、家庭ではどのような夫だったのか、どのような思い出を奥様と作ってきたのか…。聞けば、脳梗塞で寝たきりとなって以来、奥様が自宅でずっと看病なさってきたとのことでした。

 ドイツでは、一度死亡を確認した後、数時間を置いて(一般的には2~3時間、モルヒネ持続投与の場合は4~6時間)もう一度医師が死亡確認を行う決まりになっています。確実な死徴を確認するためです。その2度目の死亡確認のため、私は一般病棟内にある“Abschiedsraum”(アップシーツラウム:お別れの部屋)に移されたご遺体のもとへ赴きました。

 彼の胸の上に組まれた両手には、一輪の赤いバラが持たせてありました。奥様が急いで用意されたのでしょう。「最期の最期まで愛し抜かれた方だったのだなあ」と胸に迫るものがあり、私はその場で一人、泣いてしまいました。

Abschiedsraumで永遠の別れを…
 Abschiedsraumがドイツの病院で一般的なものなのかどうかは分かりません。カトリック系だったこの病院ならではの配慮だったのかもしれません(現在勤務している大学病院にはないので)。ただ、ドイツではどこの病院でも“Seelsorge”(ゼールゾルゲ:魂のケア)を受けることができます。病院には神父(カトリック)や牧師(プロテスタント)が待機していて、患者や家族が希望すれば、いつでも病室へ来て祈りを捧げてくれるのです。

著者プロフィール

堀籠 晶子

ミュンスター大学病院(消化器内科・内分泌学教室)・勤務医

上智大学大学院卒業。ドイツ人医師の夫と共に渡独。2004年にミュンスター大学医学部を卒業後、北ドイツにある総合病院の内科にて研修。2010年より現職。休日は、ドイツに点在するお城を散策したり、長く寒い冬にはゆっくりサウナに入ったりして、リフレッシュしています。

この記事を読んでいる人におすすめ