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【医師はメディア、政治、世論にどう訴えるべきかVol.2】
ネットで伝わり、新聞、そしてテレビが変わった

2007/08/07

北里大の海野信也氏(左)と東大医科研の上昌広氏(右)。

ブログや掲示板で「チャンネルが開いた」
 私はこれまで署名活動を何回か実施したことがあるのですが、数百人であれば、こうした問題に理解が深い「偉い人」、有名な先生に頼めばいいとまず思ったのです。実際には自治医大学長の高久史麿先生などにお願いしました。高久先生が署名するのであれば、「これは信頼できる」と協力する方が出てくるわけです。ただ、もちろん高久先生をご存知ない方もいます。結果的には、ブログや医師の掲示板(コミュニティー)、メールなどでも署名活動が広がっていきました。

海野 「チャンネルが開いてくる」といった感じがありましたね。「周産期医療の崩壊をくい止める会」では、全国医学部長病院長にも署名を依頼しました。そうしたら本当に多くの先生方がどんどん協力してくださいました。自分の大学でも医学部長や病院長が、「あの話は自分もおかしいと思う。署名しておいた」と言ってくれて、こちらからお願いする前から署名してくれているという状態でした。今回の件は立場を超えて、多くの方が賛同してくださいましたね。署名は「偉い人」だけではなく、一般の医師のものも必要です。両方の署名が集まって、医療界全体が問題視していることを示すことになるわけです。その意味では、インターネットやメールの威力は大きかったですね。

1週間で6520人の署名集まる
 今回の署名活動に関係した方々は、携帯電話や電子メールを使いこなされていたため、割と連絡を取りやすかった。今回のような問題は、スピードが求められるわけですから。その意味では、IT(情報技術)時代だからこそ、可能だった活動ということもできます。

 「周産期医療の崩壊をくい止める会」が当時の川崎二郎厚生労働大臣に陳情に行ったのは3月17日ですから、その前までのわずか1週間弱で6520人の署名が集まりました。当初の予想を上回る数です。事務局には、メールが2~3分おきにどっと来て、常時5~10人でメールを処理している状態でした。

海野 陳情に行った際は、党派を超えていろいろな議員が集まっていましたね。陳情後、記者会見も行いました。佐藤先生が東京のマスコミに登場するのは初めてでしたから、注目度は高かったと思います。

3月の終わりころから世論が変わってきた
 この陳情以降、国会の本会議や厚生労働委員会などで、福島県立大野病院事件に関する国会質問が始まりました。自民党や民主党をはじめ各党がそれぞれ実施していましたから、各党が重要な問題だと思ったのでしょう。党派を超えた情報交換も行われました。

海野 それに伴って、それまでは「水面下」で議論されていた産科医不足、産科医療の問題が顕在化し、3月下旬以降、新聞などでも取り上げられるようになりました。4~5月にかけて、数多く報道されました。

 3月の終わりくらいから、世論が変わった気がします。まず変わったのが新聞。大野病院事件に関する記事は当初は「医療ミス」という記載ばかりでした。ところが、「医療事故」に変わり、「産科医不足」になり、医療提供体制の問題だという議論が出てきました。すごく世論の変化が早かったように思います。

連載の紹介

夏休み特別企画「医療放談2007 Summer」
臨床から「医療崩壊」まで、医療界の旬な話題について、一家言ある先生方に提言、対談・鼎談していただいた内容を連載します。ご意見・ご感想は、このブログにコメントを付ける形でお寄せください。

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