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ある軍医の遺書と戦争の「正義」

2022/04/28

 ロシア軍のウクライナ侵攻で、残虐な「戦争犯罪」が行われた可能性が高まっている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の報道官は「ロシア軍は居住区に対して無差別的に砲撃したり、爆撃したりし、民間人を殺害したほか、病院や学校、その他の民間インフラを破壊した」1)と指摘した。

 ウクライナ侵攻は情報戦の色が濃く、「事実」を断定しにくいが、3月9日には南部の都市マリウポリの産科・小児病院が空爆を受けたと多くのメディアが報じている。ウクライナのゼレンスキー大統領は、「病院や産院を恐れて破壊するなんて、ロシア連邦とは一体なんて国なんだ」「もはや残虐行為を超えている。侵略者がマリウポリに対してやっていることは全て、もはや残虐行為を超えている」2)とビデオ画像で述べたという。

 戦争を仕掛けたロシアの指導者、プーチン大統領の罪が深いのはいうまでもない。と同時に戦火が広がれば、集団的狂気の中で善悪の境界は消え、殺りくが繰り返される。

 昨年2月、このコラムで『戦争医学の汚辱にふれて─生体解剖事件始末記─』(文藝春秋1957年12月号 平光 吾一著、青空文庫で公開)を紹介した(過去記事:『海と毒薬』の真実)。

 まさか1年後に本当に戦争が始まるとは思ってもいなかったが、この文章は太平洋戦争中、九州の大学附属病院における米軍捕虜の生体解剖事件に心ならずも関わった医師が書いたものだ。

 BC級戦犯を裁く横浜軍事法廷で死刑を免れた医師は、始末記にこう記す。

 「日本は戦いに敗れた。そして日本の主権は否定され、政府あるいは命令の主体が勝敗によって『罪』と定められれば、その命令に従った者も罪人になることは自明の理である。しかし私はこの罪たるべきものが、戦争に勝っていれば、明らかに勲功として賞せられることを考え合せると、戦争裁判というものに不思議な感慨を抱くのである」

 勝者の「正義」への不可解さに多くの人が同調するだろう。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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