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院内で「発掘」された70年前の若月先生の脚本

2020/09/29

 先ごろ、筆者が勤める佐久総合病院の名誉総長、故・若月俊一が書いた脚本『村のうた』のガリ版刷りが出てきた。1950年に、院内劇団の公演用に書かれたものだ。ガリ版刷りといってもピンとこないかもしれないが、「ロウ紙」と呼ばれる原紙に先が硬い鉄筆で一文字、一文字手で刻み、輪転謄写機で印刷する手法のことだ。1960年代にコピー機が普及するまでは軽印刷の主流だった。

 当時、40歳だった外科医の若月は、既に院長のポストにあり、何年か前に火事で焼け落ちた病棟の再建祝賀会での上演に向けて『村のうた』を書き下ろしていた。若月にとって演劇は、まだ医療との縁が薄く、知識も少なかった山村の人々に、楽しみつつ公衆衛生や保健の知識を伝える大切な手段だった。

 若月は生涯で30本以上の脚本を書いたというが、著作集にも収録されていない脚本がある。『村のうた』もその1つだ。現役の病院劇団部員たちが、佐久総合病院本院の書庫に眠っていた『村のうた』のガリ版刷の、かすれて読めない文字などを補い、台本の形で復刻させた。

 脚本のテーマは、まさにコロナ禍の今にぴったり。赤痢や腸チフスなどの伝染病=感染症がまん延している中、いかに「伝染病棟」を建設するか、というものだ。これら細菌性の感染症は、現代の日本では大きく減ったが、感染症が流行したときの人々の反応や偏見、差別の横行は70年前も現在もあまり変わらない。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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