日経メディカルのロゴ画像

若い医療者が公衆衛生の歴史を熱心に学ぶ理由

2018/08/29

 今夏も、東大本郷の医学研究科公衆衛生大学院(SPH)で集中講義をさせていただいた。SPHは、地域住民、患者も含めた広範な人々の健康維持、増進、回復および生活の質(quality of life)改善に向けた最先端の研究を進めていて、公衆衛生領域の指導の実践について学ぼうとする医師、看護師、保健師、理学療法士、栄養士、行政職など、実に多彩な人財が集まっている。

 集中講義では毎回、一方的な「語り」は少なく、受講生から合計100以上の質問を受け、それらに答える形で進める。今はやりの英語の講義ではなく日本語の対応ではあるが、真剣勝負の対話が求められ、なかなかハードだ。

 今回の講義では、若い世代が公衆衛生の基本である「プライマリヘルスケア」(PHC)を歴史的に学ぼうとする熱意をひしひしと感じた。PHC について、1978年の国際会議で採択された「アルマアタ宣言」では、「すべての人にとって健康を基本的な人権として認め、その達成の過程において、住民の主体的な参加や自己決定権を保障する理念であり、方法・アプローチでもある」と定義している。では、若い医療者はなぜ、PHCの歴史に関心を持つのか。

 現代的概念の公衆衛生は、上・下水道や住宅、トイレ、浴場などの整備を通して衛生状態を良化させるところから始まった。人々の健康に社会病因論的手法でアプローチし、ニーズをつかみとり、環境を整備することが感染症の予防につながった。

 その後、極論を承知でいえば、ロベルト・コッホが様々な細菌を発見し、医療は自然科学系の技術論へと大きく傾いた。病原体を死滅させて病気を治すことが「勝利」とされる。死は「敗北」ととらえられ、医学は徹底的に細分化され、高度化された。社会的要因などは後景に押しやられる。現在の医師教育も基本的にはこの延長線上にある。

 しかし、100%死を迎える運命にある人間にとって、老・病・死は敗北でもなんでもない。また、地球規模で格差が拡大するにつれ、経済力や周囲の仲間とのつながり、生活習慣といった「健康の社会的決定要因」(SDH)の大切さが見直されてきた。人間は社会的動物であり、理系の技術論だけでは公衆の健康を保ち得ないと再認識したのであろう。

 いま、若い医療者は、その地点に立っている。だから、もう一度、原点を知る意味でPHCの来し方に関心を示しているのではないかと推察する。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

この記事を読んでいる人におすすめ