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終末期患者の「自分らしさ」とは?

2013/06/28

地域密着医療の現場で、高齢者の方々の在宅ケアをしていると、
「何を目指して」取り組むべきか、日々、課題を突きつけられる。

「病名」が先にくる「患者さん」としてではなく、世界でたった1人の
「その人らしく」最後まで生き抜いてもらうために、寄り添い、
生活を支えることが大切なのだなと常々感じるのだ。

人生の終盤の状況だけでは見えてこない、その人の歩んできた道のりや、
人生の起伏も分かった上で、お世話ができれば一番良いのだ。

こういった考え方は、一人ひとりの患者さんときちんと向き合う、
という意味では決して間違っていないと思う。

しかし、改めて「その人らしさ」「自分らしさ」を最後まで尊重する、
といったような表現で、ケアの方向性を抽象化しようとすると、
どうも消化しきれないものが私の心の底に残るのだった。

例えば余命宣告を受け、いずれお迎えがくると分かっている状況下で、
彼や彼女はどのように「自分らしく」生を全うしたい、と願うのだろう。

癌を告知され、家族に支えられてぎりぎりまで旅行をした人、とか、 
人生の回顧録を書き上げた人、とか、食べたいものを病床でも食べ続けた人、とか、
やりたいことをやりきって旅立っていった、そんな彼、彼女がいた。

北欧の高齢者医療介護現場を視察してきた同僚たちによれば、
向こうは「自分らしさ」を最優先している、という。
余命を宣告されても、多くの人が趣味を全うしようとするらしい。

食べ物を口から食べられなくなって、「胃瘻の処置をしますか」と尋ねたら、
大多数の人が「信じられない。私じゃなくなってしまう」と反応したのだそうだ。

それをもって、われわれ日本人は、「北欧は『その人らしさ』を尊重している」と言う。
だが、本当に北欧の人たちは「自分らしさ」を望んで、そうしているのだろうか。
もっと単純に自分の「好きなこと」を「好きな人」と一緒にやりたいだけではないのか。
「好きな人と好きな所で暮らし続けたい」だけではないのか。

末期癌で苦しみながら家族と旅行をするのは、
必ずしも自分らしさを究めたいという求道精神からではなく、
極限での安らぎが欲しくて、なおかつ、それを実行できるある程度の余裕
(当事者の経済面ばかりではなく、社会インフラなども含むもの)があるから
できているのではないのか。

思想家で武道家の内田樹(たつる)氏は、現代人に共通する「自分らしさ」志向について、
こう記している。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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