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「環境問題に医者が出てくる時はもう手遅れだ」

2012/07/31

 半世紀以上も水俣病と闘い続けた医師・原田正純氏が先月、77年の生涯を閉じた。

 原田先生は、水俣病がまだ「奇病」と呼ばれていたころから患者に寄り添い、
 差別に満ちた状況をねばり強く変革していった。

 水俣病は当初、食中毒事件と捉えられ、熊本大学の医師たちが
 現地調査に赴いた。その中に原田先生の姿もあった。まだ青年だった原田先生に、
 胎児性水俣病の子どもたちは「先生、先生」となついていたという。

 水俣病を告発したノンフィクション「苦界浄土」で知られる作家の石牟礼道子さんは、
 原田先生との思い出を、次のように語っている。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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