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「バブさん、若月賞、おめでとう!」

2012/06/28

 佐久総合病院では若月俊一名誉総長(故人)の業績を記念し、
 「若月賞」という医療関係者を対象にした賞を設けている。

 今年は第21回の受賞者として、WHO(世界保健機関)の
 世界ハンセン病対策プログラム(Global Leprosy Programme)の
 チームリーダー、スマナ・バルア博士が選ばれた
 20年来の友人として、心より祝福したい。
 バルア博士ではなく、いつものように愛称で、
 「バブさん、おめでとう!」と言わせていただこう。

 バブさんは、2002年にWHOの医務官となって以来、
 ハンセン病新規患者の早期発見と多剤併用療法(MDT)での
 迅速な治療導入をベースに、持続的治療、合併症や後遺症の予防、
 そしてリハビリ機会の提供を率先して行ってきた。
 まさに目の回るような忙しさで、文字通り世界中を飛び回っている。

 WHOは「ハンセン病“制圧”の基準」を
 「1万人当たりの患者数を1人以下に抑えること」と定義している。
 世界的に見ると、1990年には89カ国あった未制圧国が、
 各国政府とWHO、関係機関の努力で、急速に減少した。
 2010年末には東ティモールが制圧目標を達成。
 1万人当たりの患者数が1.56人だったブラジルが、
 最後の未制圧国として残った。

 広大なアマゾンの熱帯雨林を抱えるブラジルでは、
 病気の初期症状への対応が遅れがちなへき地で感染が広がっていた。
 そのブラジルも、患者数の多い自治体に医療関係者を集中的に派遣し、
 2015年までの“制圧”を宣言している。

 バブさんの活動地域は元々アジア太平洋とインド亜大陸だったが、
 昨年からは担当地域がアフリカやブラジルを含めた世界全体に拡大。
 この活動が認められて、今年の若月賞が与えられることになった。
 バブさんにとって、この受賞は格別の思いがあることだろう。

 というのも実は、バブさんは多忙な仕事の合間に毎年、夏のお盆の時期、
 “第二の故郷”である日本を訪れ、若月先生のお墓参りをしてきたからだ。
 30数年前、まだ20代だったバブさんは祖国バングラデシュを離れ、
 日本で肉体労働をしながら医師への道を歩もうとしていた。
 しかし日本の医師教育は外国人に門戸を開いておらず、悶々としていた。

 ある日、長距離トラックの助手のアルバイトをしていたバブさんは、
 車が信州のパーキングエリアで止まると、「僕は医者になる!」と
 運転手に告げ、その場を離れた。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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