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「慈」「悲」「喜」「捨」ブッダの教え

2009/08/22

 人が人を支える上で、信仰が果たす役割は大きい。

 友人の世界保健機構(WHO)医務官スマナ・バルア博士(バブさん)によれば、
 仏教には、「本当の智恵」(ブラーマ・ヴィハーラ)への到達を目指す、
 4つの昇華された原理があるという。
 バブさんがブッダの教えに詳しいのは、
 バングラデシュで26代続く上座部仏教の僧侶の家系に生まれたからだ。

 四原理は、心の安寧と幸福な生活の根源を支えるといわれており、
 中国語では四無量心(しむりょうしん)として「慈」「悲」「喜」「捨」と
 それぞれ訳されている。
 以下に、バブさんから教えられた「本当の知恵」を紹介しよう。

 (1)「慈」愛しむ心(メッター/マイトリー)

 これは、単に他人を助けたいという(欲求に伴う)善意よりも
 ずっと深く広いもの。
 同朋の幸せのために自己犠牲をもいとわぬ態度であり、
 仏典メッター・スートラには
 「母の如く、自らの生命をもかえりみず子を愛し、守り育てる態度。
 この普遍的な愛の態度は人をして全宇宙への愛と理解へと導く」と紹介されている。
 この原理は、単にお喋りをするための情感ではなく、
 私たちが日々実践すべき目標として、医療者の眼前にそびえている。

 (2)「悲」抜苦の心(カルナー)

 こちらは、他者に奉仕の手をさしのべるとき、その苦悩や苦難に接して
 自分の中に湧きおこる共感のこと。
 受け手(患者)の本当の苦悩を、送り手(医療者)が正確にとらえたときに、
 生じる洞察といわれる。

 (3)「喜」共感する心(ムディター)

 他者が幸せになることを、喜びとしてとらえる心。
 苦悩への対応としてなされた奉仕の実践活動、その所産への満ち足りた心をさす。
 他人の幸せを自分のこととして喜ぶには、現場の実践活動が不可欠である。

 (4)「捨」平静の心(ウッペカー)

 全ての人間が本質的に公平に平等である、との達観に導かれる心。
 各人の行為とその結末(カルマ)までを、
 冷静に見つめ続ける実践が含まれている。

 これら4つのブラーマ・ヴィハーラの目標は、自分の中で深く考えて、
 「光」をみつけ、将来への素晴らしい道を見出すことにある、といわれる。

 四原理はそれぞれ医師と患者関係の諸相にあてはめて説明することができそうだ。
 まず、医療者は、無私なる愛の態度(メッター)をはぐくむ必要がある。
 医療者は一生涯を通じて、何らの差別の心なく、
 病者、悩める者をケアする任にあたることになるからだ。

 この「愛しむ心」の実践にあたっては、他者の苦悩への洞察力
 (カルナー)が欠かせない。
 カルナーは、正確な診断と簡潔な処方、適切な手技をなす為に医療者が
 職業人として最善を尽くす際の大きな力づけとなる。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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