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若月忌に日本農業を思ふ

2008/08/04

 佐久総合病院の若月俊一名誉総長が亡くなって、もうすぐ2年が経つ。
 2006年8月22日午前3時、危篤状態の若月先生はご家族と病院関係者十数名に
 見守られて眠るように息を引き取られた。

 1945年、若月先生が佐久病院に赴任した当時、ベッド数は20床、
 木造の施設には入院患者もいなかった。

 それから若月先生は職員の先頭に立って、「農民とともに」を合言葉に地域で
 出張診療をくり返し、予防と健康管理の大切さを訴えながら病院の近代化を図り、
 人口1万数千人の臼田町に1000床を超える病院をつくりあげた。

 これは「現代の奇跡」といわれたものだが、若月先生自身は
「よい病院というのは、必ずしも病床数が多いとか、高度機能を備えていること
 とは関係ない。地域住民のニーズにどのように応えているかで決まる」
 と繰り返し語っていた。

 農民に大都市並の医療を、という若月イズムは現在も佐久病院の
 職員たちに受け継がれている。

 そして今年の三回忌には、WHO(世界保健機構)医務官の
 スマナ・バルア博士をはじめ外交官やジャーナリストら多くの友人が
 若月先生を偲んで臼田に集まる予定だ。

 だが、佐久病院が若月イズムを継承する一方で、当の「農民」が「自由貿易」
 という名の破壊的大波をかぶっている。

 日本政府は、農産物輸出大国から農業の重要品目の関税引き下げを迫られ、
 ずるずると後退するばかり。

 現在39%の食糧自給率はさらに低下し、日本から農業が消えかねない危機に
 直面しているのである。

 7月29日、自由貿易の推進機関・WTO(世界貿易機構)の多角的貿易交渉
(ドーハ・ラウンド)の閣僚会合は、大々的に農産物輸出を行いたい合衆国と、
 輸入急増に対して「特別緊急輸入制限(セーフガード)措置」を発動したい
 インド・中国との溝が埋まらず、決裂した。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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