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1995年、患者医師関係の大転換

2008/07/14

 時の流れには、必ず転換点がある。

 昨今の医療過誤への司法の厳しい対応は、医療側の
 パターナリズムに対する世間の憤りを反映している。

「白い巨塔」への「法の支配」からの揺さぶりであって、
 真摯に受け止めねばなるまい。

 ただ、具体的に見ていくと司法側の変化にも転換点があった。

 それは1995年のある判決に始まった。

 医療過誤刑事事件として立件される場合、
 多くは「業務上過失致死傷罪」が適用される。

 刑法211条には、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」は、
「5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金」と刑罰が定められている。

 もともと、業務でクルマを運転する者が、危険が潜む行為に携わっている
 にもかかわらず、注意を怠って人を死傷させたときなどに、
 この条文が適用されてきた。

 それが疾病や外傷という「既に存在する危険」を少しでも減らそうと
 取り組む医療者に拡大適用されるようになってしまった。

 直接的原因は、医師法21条による病院の異状死届出や患者家族による
 刑事告訴が増加したこと。

 この二つの圧力で2000年前後から医療過誤の刑事事件としての立件数が
 ぐっと増えた。

 その背景には、法が医療過誤か否かを判断する際に参照する「医療水準」
 についてのとらえ方を、95年、司法自身が大転換させた事実がある。

 最高裁は、1961年の「東大輸血梅毒事件」で「医療水準」を「危険防止
 のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求される」と判示した。

 そして、82年の「高山日赤未熟児網膜症事件」と「新小倉病院未熟児網膜症事件」
 の二つの判決で「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」
 と具体的に定式化した。

 医療の専門性を重視した考え方と言えるだろう。
 それが、95年を境に大きく変わった。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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