日経メディカルのロゴ画像

ウエットミイラの展示と生命倫理

2010/03/12
今高城治

 昨年9月末にエジプトの古代ミイラの話題を書いてからかなり間が空いてしまいましたが、先月新しい題材が出てきました。

 2010年2月16日付けのシカゴ発・ロイター通信の記事で、古代エジプトのツタンカーメン王(紀元前1333~1323年ころ在位)の死因が骨折と重度のマラリア感染であったと報じられたのです。

 11歳で即位した少年王ツタンカーメンに19歳という若さで訪れた死の原因については、以前から他殺説や病死説など様々な推論がありました。ですが、死後CT画像検査の結果とマラリア原虫DNAの発見という今回の成果により、その議論にも終止符が打たれたといっていいでしょう。

 調査に加わったエジプト考古学最高評議会のザビ・ハウス事務局長は「ツタンカーメンは複数の障害を抱えていた」と指摘しています。ツタンカーメンは若かったけれど、あるいは杖をついて歩く虚弱な王であったかもしれません。

 1992年にエジプト南部の王家の谷で出土した彼の黄金のマスクは、エジプト考古学史上「20世紀最大の発見」とされています。ですが今回の調査結果を見ると、ミイラとなり永遠の命を得るとされたファラオも、生前は国を統治しながらの闘病生活を余儀なくされていた。そんなさまが、豪華なマスクの陰に想像されるのです。

 いかなる権力を駆使したところで永遠の命を手に入れることはできない。代々のエジプト王もこのことは熟知していました。だからこそ、己の命が滅びようとも、永遠の肉体さえあればいつかは、とミイラに希望を託したのでしょう。

 彼らが追い求めたミイラ化の技術とは、いかなるものだったのでしょうか。

 僕は豪華な色彩のマスクをしたエジプトのミイラを見るたび、「人の命に限りがあるのならば、せめて生前の健康な姿を保存したい・・・」という気持ちから、王達はミイラ化の技術を追求したのだと思えてなりません。

 しかし、エジプトの気候ではこの望みはかないませんでした。

 ところ変わって、イタリアとオーストリア国境のアルプス地帯にあるエッツ渓谷の氷河で1991年、氷漬けの男性が発見されました。「アイスマン・エッツィー」と名付けられた彼の肉体は氷の中で腐敗せず、ほとんど死亡当時のままの状態で保存されていました。エジプトのファラオのように、乾燥によって死体の保存を図る「ドライミイラ」に対し、アイスマン・エッツィーのように乾燥することなく死体が保存されているものを「ウエットミイラ」と呼びます。

 放射性炭素年代測定により、アイスマン・エッツィーは約5300年も前の世界最古のウエットミイラであることが判明しました。その肉体には約60もの入れ墨が施され、着衣や装飾品も当時のままに保存されていました。

 このほか中国北部の湖北省でも、約2000年前のほぼ完全なウエットミイラが発見されています。

 シベリアで発見された氷漬けのマンモスもウエットミイラと呼べるでしょう。大自然の巧みさが成し得た技ではありますが、ナチュラルなウエットミイラこそ健康な肉体を長期間保存できる、最も美しいミイラであると僕は思います。

 ところでみなさん、「リバイバー」という言葉をご存じでしょうか?

著者プロフィール

今高城治(獨協医科大学小児科講師)●いまたか じょうじ氏。獨協医科大学医学部卒、慶應義塾大学文学部(哲学)卒、医学博士。小児神経学会評議員。現在、慶應義塾大学法学部(通信教育課程)に在籍し政治学を専攻中。

連載の紹介

今高城治の「医療と生命倫理のパンセ」
文明と医学の進歩は人類に本当の幸せをもたらすのか?超重症児医療に従事しながら、哲学・倫理学・法学を修める今高氏が、独自の世界観を背景に現代の倫理、哲学、思想、サイエンスに対する諸問題を論考していきます。

この記事を読んでいる人におすすめ