
日夜がんばってくれている、当院の細菌検査のスタッフ。
感染症診療にとって、適切な細菌検査はとても大事である。適切でない検査は、間違った解釈を生み、さらに間違った治療につながる恐れがある。しかし、医師が適切な培養についてのトレーニングを受けられる機会は少ない。そのため、感染症科医から見ると、おかしな細菌検査というものが数多くオーダーされる。
特に多いのが、「よく分からないから取りあえず」という理由で出される培養だ。かわいそうなのは細菌検査室の技師さんたちで、無駄ともいえる検体を処理しなくてはいけない羽目になり、下手をすれば他の必要な検査にもしわ寄せが行きかねない。間違った適応の検査の結果は間違った治療につながるし、一方で出すべきオーダーを出さないことも問題だ。“適切である”ということは、とても重要なことなのである。
Clinical Microbiologistが無駄な検査をブロック
北米では、ある程度以上の規模の病院の場合、Clinical Microbiologist(臨床微生物学者)がいることが多い。適切な検査の施行のために絶大な権限を持っている。私が勤めていたトロント小児病院では、3人のClinical Microbiologistsが微生物学検査を統括していた。
Clinical Microbiologistは医学部卒でなく生物系大学院卒であることが多い。しかし、トロント小児病院の彼らは、専門性の高い小児感染症という領域の微生物学検査を統括するというミッションのため、医学部卒で医師免許を持ち、かつ小児科レジデンシー、小児感染症フェローシップ、微生物学フェローシップを終えていて、臨床も検査も分かるプロ中のプロだった。小児感染症科医は診断や治療、予防の知識には強い。しかし、こと微生物学に関してはClinical Microbiologistが上手で、小児感染症科医が全く太刀打ちできないほどの知識をもっていた。
例えば入院して5日目の児が新たな下痢をしたとして、主治医が便培養を出そうとする。トロント小児病院では、まず検査のオーダーをする段階でチェックがなされ、適切な検査でない場合にはブロックがかかって、便培養のオーダーそのものができない。これは5 days Ruleとか、施設によっては3 days Ruleと呼ばれ、入院して3~5日たっての便培養は特別な理由がない限り、オーダー制限がかかるというシステムになっている。
便培養は、細菌性腸炎の原因検索のために行われるが、ほとんどの細菌性腸炎の潜伏期間は48時間以内である。カンピロバクターの潜伏期間は若干長いものの、それでも、入院して5日目に細菌性腸炎を発症することはきわめてまれだ。あるとすれば、院内の食事で食中毒が発生するか、家族や職員が病原菌を持ち込んだときくらいだ。
このように、検査で陽性となることがかなりまれであると考えられる場合、無駄な検査を避けるために、オーダーが出せないような制限をClinical Microbiologistが設けている。つまり、適切な検査を施行するためのシステムができあがっているのだ。
もう1例を挙げると、偽膜性腸炎のClostridium diffcileの毒素検査も、1歳未満ではオーダーできない。乳児期には、毒素産生株を保菌していてもそれが偽膜性腸炎を起こすという病原性は証明されておらず、乳児に対するC.diffcileの毒素検査は意味がないとされているためである。乳児のC.diffcile保菌者は多く、毒素検査で陽性となるケースも少なくないと想定される。しかし、毒素と病気の関連性が証明されていない以上、陽性になっても治療を行う意味はほとんどなく、不必要な治療が増えるのは目にみえている。間違った検査適応が間違った治療につながる典型例だ。