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ミッションインポッシブル?「小児感染症科を立ち上げよ」

2012/04/23
堀越裕歩

 とにかく暑い…。過ごしやすい夏のカナダから帰国して、最初の印象だった。2010年夏の東京は連日の猛暑だったと記憶している。

 関東は茨城県育ちの自分にとって、カナダの寒さはつらかった。真冬のマイナス20度という気温は未知の世界で、油断して軽装で外出すると骨の髄まで凍えた。しかし不思議なもので、わずか2年の海外生活でも体が慣れるもの。涼しい夏にもなじんでしまい、日本で大半を過ごしていたはずなのに、帰国したときには夏の暑さがつらくなっていた。

 2010年8月に東京都立小児総合医療センター感染症科に赴任した。ミッションは、この小児病院に本格的な小児の感染症科を立ち上げること。トロント小児病院で2年間の臨床留学を終える際、採用面接などで何度か幹部の先生方と会い、「小児病院に感染症科がないのはおかしい」「小児では感染症はたくさんあるし、感染制御もしてほしい」と言われ、それが自分に課せられたものと理解していた。ありがたい話でもあり、やりがいのあるチャレンジだとも感じた。

トロント“では”、感染症科は独立
 日本では、独立した感染症科をもつ小児病院は非常に少ない。ただし、先天性免疫不全などを診療する免疫科、熱が出る膠原病を診るリウマチ科などと感染症科が一緒になっているところは少なくない。北米でも一部の小児病院では、感染症科と免疫科が一緒になっているところがある。元同僚のイギリス人からは英国でもそうだと聞いた。免疫不全と感染症は深いつながりがあるからだ。

 私の研修したトロント小児病院では、感染症科は独立しており、面白いことに免疫科はアレルギー科と一緒になっていた。免疫とアレルギーというのも分野的に近いからだが、日本人の自分にとっては違和感があった。先天性免疫不全児の専門外来や骨髄移植までを行いつつ、食物アレルギーの負荷試験も手がけるという専門診療科は、おそらく日本ではないだろう。

 トロント小児病院では、微生物検査部門 (Microbiology)や感染制御部(Infection Control)は、感染症科とは別部門。感染症科は、純粋に小児感染症の診療と研究・教育に特化されていた。日本では、小児感染症科だけでもスタッフは少ないというのに、感染制御や微生物検査部門もみなければいけない。帰国するときに「全部やらなきゃならないんだ」とカナダ人の同僚に言ったら、「どうやって?」と聞かれた。「さぁ、分かんない。まぁ、何とかなるよ」と笑い飛ばしたが、どうしたらいいか本当に分からなかった。

 海外臨床留学組は帰国後に壁にぶつかるとよく言われる。実際、再び海の外へ戻る医師も少なくない。その一因を揶揄する「ではの守」(←でわのかみ=出羽守)という言葉がある。アメリカ“では”こうだった、カナダ“では”こうしているなどと、海外を経験してきた人間が “では”を連発し、日本のやり方と衝突する様をこう呼ぶそうだ。「守(かみ)」とは古代の国司。中央から派遣されてきて年貢や税を徴収した嫌われ者という側面もあるから、言い得て妙なネーミングだなと感心したものだ。

 自分も「ではの守」になってしまわないだろうか―。その点、東京都立小児総合医療センターで心強かったのは、海外で臨床経験を積んだ医師が複数いて、しかも何人かはトロント小児病院や日本で一緒に働いたことのある先生がいたことだった。自分が「ではの守」になってしまっても、少なくとも状況を理解してもらえるような同僚はいそうだった。

著者プロフィール

堀越裕歩氏(東京都立小児総合医療センター感染症科)●2001年昭和大卒。沖縄県立中部病院、昭和大学小児科、国立成育医療センター(当時)などを経て、08年7月カナダ・トロント小児病院にクリニカルフェローとして留学。10年8月から現職。

連載の紹介

堀越裕歩の「小児感染症科はじめて物語」
カナダでの2年の臨床留学から帰国し、小児専門病院で与えられたミッションは「小児の感染症科の立ち上げ」。手指衛生の徹底から始まり、時には抗菌薬処方をめぐって衝突…。国際標準の小児感染症診療を日本で実践する中での奮闘をご紹介します。

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