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「法令順守」がもたらす思考停止社会の弊害

2010/02/17

第58回医療制度研究会で講演する郷原信郎氏。

 昨年11月7日、第58回医療制度研究会において、元東京地方検察庁検事で名城大学教授(コンプライアンス研究センター長)の郷原信郎氏が、「思考停止社会と日本の医療」と題した講演をされました。講演のキーワードは「法令順守がもたらす弊害」でした。

 目下、世間では、毎日のように与党幹事長の政治資金の問題が報道されています。せっかく政権交代したというのに、国会では、この「政治とカネ」の問題のために、多くの国民が望んでいたはずの「コンクリートから人へ」の議論が後回しにされています。

 今回の政治資金問題について、郷原氏はかねて東京地検特捜部の捜査方法を厳しく批判し、政治資金規正法違反という「形式犯」(法の形式的規定に反する行為で、法益の侵害や危険の発生の有無を問わないもの。道路交通法における駐車違反などが一例)をこれだけ大きく取り上げるのは問題だ、との考えを表明しています。郷原氏のこの主張を理解する上で、先日の医療制度研究会でのご講演の前半部が重要と考え、簡単にレポートしたいと思います(以下、郷原氏の講演内容を筆者が要約)。

1:「コンプライアンス=法令順守」がもたらしている弊害
 医療の世界では、「コンプライアンス」という言葉は、「服薬コンプライアンス」など、「言われた通り、命令に従って」という意味合いで用いることが多い。自分はこのコンプライアンスを、一般的な「法令順守」という解釈とは異なる視点でとらえる試みを行ってきた。

 コンプライアンスは、法令順守とイコールの言葉ではない。なぜなら、順守という言葉には大きな弊害があるからだ。順守と言ってしまうと、「つべこべ言わずにとにかく守ればよい」ということになってしまう。「なぜ守るのか?」―それを考えることなく、「とにかくルールを守れば良い」では、まさに思考停止の状態だ。それが、様々な場面で大きな弊害を生じさせている(筆者注:医療現場での例を挙げると、インフォームド・コンセントを徹底するという目的のために、患者さんの説明に要する時間も人の余裕もないままに、承諾書や説明書などの書類ばかりが増える、処方せんなどすべての書類に医師の署名が要求されて、結果的に患者さんの外来待ち時間が長くなる、など)。

 あまり変化のない社会であれば、一定のルールを守っていれば問題はないのかもしれないが、現代社会はどんどん複雑化・多様化している。社会が変化すれば、法令順守のみでは問題解決にはならないのだ。

 最近、順守という言葉の対象が法令以外にも拡大しているが、これは大問題である。社会で最近問題となってきた「偽装」「隠蔽」「改ざん」「捏造」は、実は必ずしも法令違反というわけではない。しかし、近年メディアではこうした法令違反の範疇に収まりきらない倫理的におかしいと思われる行為(筆者注:例えば有名料理店の食材の使いまわしなど)についても強烈なバッシングが行われる。これらの場合、法令違反よりさらに困ったことになる。なぜなら「偽装」「隠蔽」「改ざん」「捏造」の場合は、非難の的になってしまった側に不服申し立てをする手続きさえないからである。このような、倫理的に問題があるような行為に対する非難がどんどん激しくなっているのが現在の日本の実情で、まさに人々は、「水戸黄門の印籠(=法令や社会の暗黙のルール)」にひれ伏している状態となっている。

著者プロフィール

本田宏(済生会栗橋病院院長補佐)●ほんだ ひろし氏。1979年弘前大卒後、同大学第1外科。東京女子医大腎臓病総合医療センター外科を経て、89年済生会栗橋病院(埼玉県)外科部長、01年同院副院長。11年7月より現職。

連載の紹介

本田宏の「勤務医よ、闘え!」
深刻化する医師不足、疲弊する勤務医、増大する医療ニーズ—。医療の現場をよく知らない人々が医療政策を決めていいのか?医療再建のため、最前線の勤務医自らが考え、声を上げていく上での情報共有の場を作ります。

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