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今の日本人は「非寛容・他罰的」

2008/03/24

 私は1979年(昭和54年)に弘前大学医学部を卒業した後、青森県内で2年間の卒後研修をしました。当時は、駆け出しの私にも、患者さんやご家族から、時折「ありがたい」「もったいない」という言葉をいただいたものです。今考えると、これらの言葉が、私にとって一番の励ましで、早く一人前の医師にならなければ、時には自分の未熟さを恥じて一所懸命勉強しなければ、という気持ちをかき立ててくれたように感じます。

 さらに加えて、当時は、術後に合併症が発生し、不幸な結果となったようなときにさえ、土日や昼夜なく患者さんの治療に当たっている私たちに、「これだけ一生懸命やってくれて」、というお言葉さえいただけることが多かったのです。こういった環境は、卒後3年目に東京女子医大に勤務してからも、しばらくは同じだったように思います。

 しかし当時から約30年、現在では、全く状況が一変してしまいました。最近では、臨床現場で「ありがたい」や「もったいない」という言葉が聞かれることはほとんどありません。術前説明も私たち医療者の都合よりご家族の都合が優先で、夕方遅くや日曜休日にじっくりと時間をかけた説明が患者さんの権利として当然のように求められることは日常茶飯事となりました。さらに、もちろん手術は術前にその危険性を繰り返してお話してから実施するようにしていますが、治療はうまくいって当たり前、もし治療経過が悪ければ「医療費を支払いません」、ましてや不幸な結果となったときには「カルテを開示してください」、さらに訴訟や賠償の話が出ることさえ珍しくない、という大変寂しい雰囲気になってしまいました。

 現在、医療事故調査に関する第三者機関の設置が検討されており、その結果が、場合によって(この解釈が不明確なのが現場の不安を増大させています)刑事事件にまで持ち込まれる、という試案が真面目に検討されているのです。
 
 なぜ、このようになってしまったのでしょう。その一因としてはメディアなどの影響も少なくないと思います。しかし、それだけなのでしょうか。私には、今の日本人が、「お互い様」や「もし相手の立場だったら」と考える習慣が以前より少なくなっているためではないか、そのため自分も100%でないのに、平気で相手に100%を望んでしまう、という構図があるのではないかと感じていました。

著者プロフィール

本田宏(済生会栗橋病院院長補佐)●ほんだ ひろし氏。1979年弘前大卒後、同大学第1外科。東京女子医大腎臓病総合医療センター外科を経て、89年済生会栗橋病院(埼玉県)外科部長、01年同院副院長。11年7月より現職。

連載の紹介

本田宏の「勤務医よ、闘え!」
深刻化する医師不足、疲弊する勤務医、増大する医療ニーズ—。医療の現場をよく知らない人々が医療政策を決めていいのか?医療再建のため、最前線の勤務医自らが考え、声を上げていく上での情報共有の場を作ります。

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