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初診料も知らなかった勤務医の私

2006/09/22

 なぜ勤務医の私が、医療制度や医師不足問題などを研究し、各地で講演するようになったのかを振り返ってみます。1989年7月、新規開院した埼玉県済生会栗橋病院に外科部長として赴任しました。新たに作られた病院での仕事、そして栗橋での生活は、それまでの研修医、大学医局とは全く異なっていました。病院の外科外来に来られる患者さんの診断から手術の責任までを一手に背負い、万が一、癌の患者さんが再発すれば、抗癌剤の治療から疼痛管理など終末期医療、そしてお亡くなりになる看取りまで受け持つことになったのです。

著者プロフィール

本田宏(済生会栗橋病院院長補佐)●ほんだ ひろし氏。1979年弘前大卒後、同大学第1外科。東京女子医大腎臓病総合医療センター外科を経て、89年済生会栗橋病院(埼玉県)外科部長、01年同院副院長。11年7月より現職。

連載の紹介

本田宏の「勤務医よ、闘え!」
深刻化する医師不足、疲弊する勤務医、増大する医療ニーズ—。医療の現場をよく知らない人々が医療政策を決めていいのか?医療再建のため、最前線の勤務医自らが考え、声を上げていく上での情報共有の場を作ります。

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