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開業医の仕事を知れば、芝は青くない

2007/01/29

世界遺産のポンペイの遺跡。ポンペイはナポリ近郊にあった都市国家で、ベスビオ火山の大噴火によって79年に壊滅した。18世紀に発掘が開始され、現在は一部が一般公開されている。

 前回は「医療現場が煮詰まっているのではないか?」と言った。そして、介護保険制度を医療が上手に使っていないために在宅医療へ移行できないと述べた。

 これとは別に、診療所では「看取り」を敬遠する傾向がある。過去(約30年前)の医療制度改革において「(医療レベルは)診療所は最低、病院は最高」(病院至上主義)という、主語・目的語が抜けた意味不明の神話が叫ばれていた時代が影を落としている。この影響か、長年にわたって患者・家族との信頼関係を築き、看取る努力をしても、いざ自宅で看取ると、患者と同居していない、顔も見たことのない家族が現れ、「なぜ自宅で死なせたの!」「なぜ病院に連れて行かなかったの!」と恨まれる経験をしたことのある開業医は少なくない。

 さらに、20年前には往診抑制政策を行った時代もあり、開業医は往診を行わなくなった。こうした過去を引きずっている開業医は看取りに対して消極的で、最初から患者家族に「死にそうになったら病院へ搬送します」と話をしている。

 加えて「病院での看取りが、在宅での看取りよりもベターだ」と思っている勤務医がいることが、病院での看取り増加に拍車をかけている。

 飛岡内科では「どこで看取るかは、その時(死にそうになった時)に考えましょう」と話し、患者と家族が希望すれば、いつでも病院へ紹介入院させる約束にしてある。在宅末期患者の最期には不確定要素が多く、患者と家族の不安も多い。だから、時間をかけて「傾聴」(カウンセリング用語。訴えを聞くこと)し、想定される事態を説明し、回避方法を説明・実践している。それでも想定外のことは頻発する。そのときは、私が「ヤブ医者」であることを理由にすれば解決する。少なくとも、患者・家族・医療スタッフ・介護スタッフに責任を押し付けていたら、在宅医療は継続できなくなる。ヤブ医者は太っ腹でなくては勤まらない。

著者プロフィール

飛岡宏(飛岡内科医院副院長)●ひおか ひろし氏。1980年川崎医大卒後、岡山大第2内科入局。岡山労災病院、新居浜十全病院、岡山市立市民病院を経て、90年9月より飛岡内科を継承開業、副院長として現在に至る。

連載の紹介

飛岡宏の「開業医身辺雑記」
「コンピューターと医療の世界を結び付ける」ことをライフワークとする飛岡氏。日々の診療を通じて感じる開業医の喜びや悩み、実感する現代医療の問題点などを、肩の凝らないエッセイ風につづります。

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