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映画好きが戦争映画を観て考えたこと

2006/12/05

オランダのハーグにある、ミニチュアの町マドローダム。オランダの有名な建物などが25分の1サイズに縮小され、展示されている。風車、運河のボート、鉄道、空港の飛行機など、実際に動いているものも多い。

 「You are no longer black, or brown, or yellow or red! You are now green!」(映画「ジャーヘッド」Jarhead:2005より)

 米国には人種差別所得格差など多くの差別・格差があり、日本にも米国型とは違った差別・格差があると感じている。また、法律上も、男女は完全に平等ではなく、女性が子供を産むことを前提に作れられている。

 国民とは「国家の統治権の下にある人民。国家を構成する人間。国籍を保有する者」(広辞苑)である。しかし、現実の世界では、どこまでを日本人、どこからを外国人とするのか?という境界は曖昧である。もちろん、法律で原則は明記されており、日本国籍を持つ者が日本人である。

 日本人男性が外国人女性と結婚した場合(日本在住)、男性の国籍は日本国、女性の国籍は外国人の国籍のまま、子供の国籍はケース・バイ・ケース。戸籍へは女性の名前が記載されるが、日本国籍を持たない外国人は結婚しても戸籍は作られないし、住民登録も行われない。だから、外国人女性は、離婚したら日本滞在は困難になる。

 一方、外国人男性が日本人女性と結婚した場合(日本在住)、男性の国籍は外国人の国籍のまま、女性の国籍は原則日本国(結婚相手の国籍を取得できる場合もある)、子供の国籍は原則日本国。日本国籍を失わない限り女性には日本の戸籍、住民登録が存在する。

 結婚した後の扱いは、住んでいる国の法律により様々であり、男女の扱いは明らかに違う。これを区別・差別と呼ぶのかどうか?私には判断できない。しかし、地球上どこにでも差別は存在するものなので、それ自体を問題にするのは変だろう。別の見方をすると、どこにいても、行っても、差別は存在するので「差別を跳ねのけるパワーがない外国人は、早めに母国に帰国することを勧める」というのが私の考えである。

 話が逸れたが、国民は国家の主体であり、その国民の代表者として、選挙で選ばれた政治家がいて、議会制民主主義が成立している。政治家が、某元首相が言うように「使い捨ての存在なのか?」、はたまた「国民の代弁者」なのか、意見の分かれるところであるが、政治家は得票という数字を背負って政治活動を行っていることは間違いない。日本国は、三権分立(立法、行政、司法)が実現されている近代国家である。行政府は、国家・国民の利益(国益)につながる政策を行う責務があり、それが常に国民に対して見える必要がある。もっともこれは、教科書的な内容であり、理想論であると言わざるを得ないのが現実である。

 最近では「報道」を第4の権力として認識するようになっている。報道により、国民が政策を理解し、選挙時の投票行動を決めることになる。その意味で、「報道の公平性」に重点を置いておく必要がある。歪んだ報道が行われると、歪んだ社会が形成され、結果として国民が不幸になる。報道を受ける側も「報道から配信される情報を鵜呑みにしない」という姿勢が重要である。そして、複数の報道(テレビ、ラジオ、新聞、インターネットなど)を時間をかけて咀嚼する必要がある。

著者プロフィール

飛岡宏(飛岡内科医院副院長)●ひおか ひろし氏。1980年川崎医大卒後、岡山大第2内科入局。岡山労災病院、新居浜十全病院、岡山市立市民病院を経て、90年9月より飛岡内科を継承開業、副院長として現在に至る。

連載の紹介

飛岡宏の「開業医身辺雑記」
「コンピューターと医療の世界を結び付ける」ことをライフワークとする飛岡氏。日々の診療を通じて感じる開業医の喜びや悩み、実感する現代医療の問題点などを、肩の凝らないエッセイ風につづります。

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