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私がダイビングを始めたワケ

2006/11/09

岡山市内を動き回る足代わりに使っているクロスバイク。車体はアルミ製の GT avelanche 1.0 size XL、ギア系はシマノ製、ショックは前輪だけで SKAREB Lockout を使用。街中用なので、買い物カゴを付けてある。

 スキューバダイビング(以下「ダイビング」)は夏のスポーツだ、と思われる方も多いかも知れないが、1年中楽しめるレクリエーションである。

 太陽が一番高く、昼間が長い(夏至)のは6月下旬である。気温は8月中旬に最高になるが、海水温は9月に最高になる。だから巨大台風は海水温の高い9月に多い。実感として、日本でダイビングを楽しめるのは7~11月である。もちろん、ドライスーツを使い、冷たい海に潜る人もいるし、暖かい南の島へ潜りに行くことも可能である。

 このブログを読まれている方の中には、ダイビング経験者も多数いることと思うので、基本的・専門的な話は抜きにして、私の雑談をお話しする。

 そもそも、私がダイビングを始めたキッカケだが……

 1994年の秋、土曜日の夕方、自転車(オンロード)に乗り、ひとっ走りして、倉敷市笹沖でUターンしようとしたときのことである。通常は車道を走っているのだが、Uターンするため、歩道に上がり、信号に向かって走っていたところへ、夕刊配達のカブが飛び出してきた。私はパニック・ブレーキをかけ、前方に転倒した。自転車に乗る方なら、急ブレーキをかけると自転車は前に倒れることを、ご存知だと思う。この時、右肘から転落し、右肘に痛みを覚えた。そして、生まれて始めて患者として救急車に乗り、母校である川崎医大の救急外来へ運ばれた。

 右肘関節を動かすと痛みがあるため、XP撮影が行われた。私も医者の端くれである。自分の右肘関節XPを読影したところ、関節内に骨折線が確認できる。ところが、救急医は整形外科が苦手なようで、骨折があるかどうか判らないらしく、「整形外科医を探してくる」と言って、持ち場を離れた。30分待たされ、整形外科医が現れて私と同じ所見をつけ、骨折が関節内に留まっているので、自然経過で治癒を待つことになった。この後の経過観察は、飛岡内科から200mのところにある、岡山市内の病院の整形外科で行うこととし、ギプス固定して帰宅した。

 この時代、病院の整形外科は「3時間待ちの3分診療」であった。受付を済ませて1時間ほどしてから、ようやく呼び出しがあり、XP撮影(2方向)が行われた。その後、1時間ほど待たされて診察があり「変わりありませんね」と簡単に確認があるだけで、ギプス交換をして終わり。朝から受診して、病院を出るのは正午を過ぎていた。外来診療を院長に交代してもらえたから受診できたが、院長がいなければ、外来を閉めて受診することになる。勤労者が総合病院へ外来通院することは難しく、誰のための病院か?と大いに疑問を持った次第だ。それはさておき、結局、整形外科外来は2回受診して、ギプスをシーネ(添え木)状態にしてもらい、通院を止めた。今から考えれば、知り合いの整形外科診療所へ通院すれば済んだ話である。

著者プロフィール

飛岡宏(飛岡内科医院副院長)●ひおか ひろし氏。1980年川崎医大卒後、岡山大第2内科入局。岡山労災病院、新居浜十全病院、岡山市立市民病院を経て、90年9月より飛岡内科を継承開業、副院長として現在に至る。

連載の紹介

飛岡宏の「開業医身辺雑記」
「コンピューターと医療の世界を結び付ける」ことをライフワークとする飛岡氏。日々の診療を通じて感じる開業医の喜びや悩み、実感する現代医療の問題点などを、肩の凝らないエッセイ風につづります。

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